終わると終わらない…恐怖の鶏足スープ

タマンネガラ国立公園は、マレーシア首都クアラルンプールから北東の場所にあります。

タマンネガラ

 マレー半島の真ん中に、タマンネガラ国立公園がある。香港で海外の面白さを知ったぼくは、今度は、そのタマンネガラ国立公園に出かけた。ガイドブックによれば、タマンネガラに行く場合はマレーシアの首都クアラルンプールの国立公園事務所に許可を得る必要があった。そこで、ぼくは日本からその国立公園事務所宛に手紙を書いた。初めての英語の手紙だった。手紙には旅行日程を添え、何月何日に事務所に訪問する予定かも書いた。何度も辞書を引いて、ハガキ一枚程度のものにずいぶんと苦労したことを覚えている。Google翻訳なんかないときの話だ。

 別々に日本を発った友人たちとタイのバンコクで落ち合い、総勢4名の珍道中、ぼくらは列車とバスを乗り継いてゆっくりと陸路クアラルンプールに向かった。香港ではガイドがついてくれる大名旅行だったけれど、このときは宿も移動もすべて自分たちで手配した。そして案の定、ぼくの英語はほとんど役に立たないことを痛感することになった。宿でのちょっとした交渉にも苦労し、バックパッカー旅行に慣れた友人の世話になってばかりだった。近いうちにボランティアに参加して海外に行きたいなんて思っていたけれど、学生時代から、英語は、ぼくの一番の苦手科目だったんだ。

エスペラント

 世界に数ある言語の中で、特に英語が国際語というのはまったく不条理だと思う。英語、あるいは米語が国際語なのは、単に英国、さらに米国が軍事的にも経済的にも強者だったからということだけが理由に過ぎない。国境を越えて活動する際に、英語を母語や生活語にしている人と比較して、英語を日常使わない人が被る不利益は途方もなく多い。

 エスペラントという言葉がある。国際的な場で異文化の人たちが対等で公平なコミュニケーションをとるために作られた人工語のひとつで、19世紀後半にポーランドの平和主義者ザメンホフ[1]が考案したものだ。今でも世界には百万の話者がいるけれど、実社会ではほとんど普及していない。もし多くの国が英語・米語ではなくエスペラント語を国際語として学校教育に取り入れたら、世界のありようは今とはずいぶん違ったものになるだろう。けれど現実の状況を前に、背に腹は変えられない。つまり英語を使うことで、ぼく自身も英語の国際語化を後押しすることになってしまっている。なんとももどかしい

 Estas la vorto Esperant. Ĝi estas unu el la artefaritaj vortoj kreitaj por homoj de diversaj kulturoj por komuniki egale kaj juste en la internacia areno, kaj estis elpensita de la pola pacigisto Zamenhof en la lasta duono de la 19a jarcento.  Se multaj landoj adoptus Esperanton kiel internacian lingvon anstataŭ la angla kaj la usona, la mondo estus tre malsama.  Sed antaŭ la reala situacio, mi ne povas ŝanĝi mian stomakon. Alivorte, uzante la anglan, mi mem subtenas la internaciigon de la angla. Ĝi frustras.

 これがエスペラント語(だそうです)。上の段落を訳したものだ。最後の「もどかしい」の発音は、ジフルースタス(と聞こえます)。エスペラントもちゃんと使えるなんて、くぅー、やるなぁGoogle翻訳!!!!

そしていよいよ、恐怖の…

 なんとかたどり着いた国立公園事務所の白板には、嬉しいことにタマンネガラの予約者にぼくたちの名前もすでに記載されていた。あぁ、あの手紙はきちんと届いて、読んでもらえたんだ!嬉しかったなぁ。
 クアラルンプールから、さらにバスとボートを乗り継ぎ向かったタマンネガラで楽しい数日を過ごし、ぼくたちはクアラルンプールに戻った。
 このときの旅の感想も人それぞれで、仲間のひとりは「俺は二度と途上国には来ない」と宣言した。彼にとって、わざわざお金を使って不便な生活に身を置くことは、なんともバカバカしいことだった。もちろん、ぼくは彼の意見に賛同する気はまるでなかった。

 とにかく、無事帰り着いたクアラルンプールで乾杯しようということになった。ムスリムの多いマレーシアでは、マレー系の食堂ではビールが出ない。ぼくたちは庶民的な中華系の食堂に入った。
 そこで勧められたのが鶏の足のスープだった。それまで食べたことのなかった鶏の足は、ぶりぶりしていてとても美味しく、皿はすぐに空っぽになった。すると店のおばあさんが再度なみなみとスープと鶏の足を足してくれた。追加料金でも取られるのかと心配になったけれど、どうやらサービスでやってくれているらしい。せっかくの好意に甘えて、そのスープも飲み干した。すると、さらに足してくれる。さすがにお腹いっぱいで食べきれずに残してしまった。

 後で知ったのけれど、実は少し残すのが客の礼儀だったようだ。皿をすっからかんにしてしまうのは、出された食事が足りないことになり、店側としては沽券にかかわるということらしかった。
 そんなふうにして、ちょっとずつ〝違い〟を発見するのがとても面白かった。写真が一枚も手元に残っていない、だいぶ前の旅の話だ。


[1] ザメンホフ 1859年ポーランド出身の眼科医、言語学者。1887年にエスペラント語を発表した。1917年死去。