連載『世界は開いているから仕方がない』   全国脊髄損傷者連合会発行 脊損ニュース 2021年4月号・5月号・6月号  

脊損ニュース 2021年4月号 この号から私の連載「世界は開いているから仕方がない」が始まりました。私の名前が「哲哉」と間違って記載されているのはご愛敬!

 事故等で脊髄を損傷する人は、日本では年間5千人程度と聞いたことがあります。10年で5万人ですから、けして少ない数ではありません。そんな脊損者たちへの情報提供、福利厚生向上、バリアフリー推進、各省庁交渉及び民間企業等への要請活動などを行う組織に、全国脊髄損傷者連合会(公益社団法人)があります。

(公社)全国脊髄損傷者連合会のホームページへようこそ! (zensekiren.jp)

 ご縁があって、私はこの全脊連の埼玉県支部の会員です。そして、2021年3月からこの全脊連が毎月発行している【脊損ニュース】という会報誌に『世界は開いているから仕方がない』というタイトルで連載を書いています。今月で連載開始からちょうど2年(全24回)が経ちました。備忘録として、当ブログにその連載記事を順次掲載いたします(全脊連からは、快く了解をいただきました)。今回は連載第1回から第3回までです。 

 

連載第1回 (2021年4月号)
子どもたちの目線とこちらの目線が同じ高さって、車イス者のラッキーなところですよね!

 車イスを使って生活するようになって、子どもたちとよく目が合うようになりました。
天気のいい昼間、外に出れば近所の保育園の子どもたちが列を作ってお散歩しているのに出会います。年長さんは手をつないで歩いているし、年少さんたちは柵のついた手押し車のようなものに何人かで乗って、保育士さんに押してもらっている。
 あるいは、電車の中で。遠足なのか集団で乗ってくる小学生たちやベビーカーに乗っている赤ちゃん、あるいはもう少し育った幼い子どもたち。 
大人の人たちの車イス者に対してのあえて気にしない様子と比べて、子どもたちの遠慮のなさはむしろ気持ちいい。見慣れない車イス者と目が合うと、さっと視線を外す大人たちとは違って、子どもたちは興味津々でこちらを見つめ返してきます。その視線からは「なんなんだろうなぁ、この人は?」、「面白そうなものに、乗っているなぁ」なんて、子どもたちの心の声が聞こえてきます。
 「ねぇ、あのおじさんどうしたのぉ」なんて、保護者に聞いちゃうステキな子もいたりして、そんなときはますます楽しい。子どもの声にぎょっとしてそわそわする大人たちは、こちらを見ないようにしながら「しっ、そんなこと言っちゃいけません」なんて囁(ささや)いちゃったりして。あぁ、子どもの興味に蓋(ふた)をするみたいなこと言っちゃだめだよぉ。
  そんなときは、「こんにちはー!」ってこちらから声をかけます。疑問を持った子どもには「交通事故で、歩けなくなっちゃたんだよ」って伝えます。「病気」が理由でもいいんです。「生まれつき」だっていいじゃない。障害なんて、どこでも、誰の身の回りでも、起きるんだから。大事なのは、みんな同じ社会の隣人で、一緒に生きてるってことなのよ。

 車イスに座っていると、子どもたちの目線とこちらの目線は、ちょうど同じ高さ。いつでも子ども目線になれるって、車イス者の特権だなぁって思います。事故前を思い出してみると、日々の暮らしの中で子どもたちの視線と自分の視線がからみ合うなんて、ほとんどなかったもんなぁ。
 町中で他者とすれ違う。そこにある暗黙の無関心というルール。それが都会の流儀。それが身軽な都会の良さでもあるでしょう。でも、ぼくたち車イス者には、ときには他者からの助けが必要で、都会の流儀ばかりじゃ困るんです。ヘルプが必要なときは、健常と障害の間にある境界を、さっと乗り越えて来て欲しい。だから、子どもの遠慮なしの視線はむしろとっても頼もしい。
 子どもたちは、あからさまです。健常も障害も区別がない。そこがとってもいいのです。

 7年前に交通事故で胸椎6番をやっちゃった下半身完全麻痺の56歳です。今号から、連載を書くことになりました。タイトルは『世界は開いているから仕方ない』、どうぞよろしくお願いします!

スリランカ 学校の教室で(1995)

連載第2回 (2021年5月号)
東南アジアや東アフリカで何度も経験してきた新しい世界との出会い。
障害もそんな「新しい世界」のひとつとして立ち現れてきたのです

 2014年、ぼくはルワンダという東アフリカの小国で働いていました。彼の地の学校教育をより良くするためのお手伝いをするという仕事でした。
 8月のある日、助手席に乗っていた車がスリップして、国道から谷に転がり落ちてしまいました。

 幸運にも助け出されたものの、事故の翌日、ルワンダの首都キガリの病院で「おそらくもう歩けないでしょう」と告げられました。ベッドで寝返りもできない状況でそれを聞きました。手術を受けて、車イスで日本に搬送され、約1年間入院生活が続きました。胸椎6番での脊髄損傷、下半身完全麻痺。50歳のときでした。

 退院後の収入が心配でしたけれど、労働災害申請が認められ、一息つきました。

 もちろん、障害者って存在を知らないわけじゃなかった。でも、なってみればただの初心者。褥瘡(じょくそう)や痙性(けいせい)という言葉も、それまで知りませんでした。

 新しい世界のガイドブックとして、ベッドの上で、障害に関する本や障害者自身が書いた本を何冊も読み耽りました。

 障害者自身の体験談では、中途障害を得て苦しんで「死んだほうがまし」と思ってしまう、障害を受容の段階で苦しむケースがいくとも出てきました。でも、本の中の彼らは、海外旅行に行っちゃうとか、障害者スポーツに目覚めるとか、新たな事業を始めちゃうとか、みなさん障害を乗り越え、意気盛ん。うん、すごいなぁ。

 でも、障害者の多くが本を書くわけじゃないでしょう。未来に明るい展望が見えずに鬱々としながら過ごしている人、収入や介護が十分に得られない人……。たくさんおられるに、違いない。

 さらには障害者の家族の人たち、特に重度の障害を持つ人の親たちが「自分が死んだらこの子はどうなるのか」という思いに悩んでいる。
 多くの無言の障害者が今日も過ごしているだろう日々の大変さ、生きづらさが、より実感を伴って新参者のぼくに迫ってきたのです。

 ルワンダ以前にも、20代後半から、東アフリカや東南アジアの国々で教育支援を仕事としてきました。知らない世界に行く、そこで暮らす人たちと交流し、でも仕事が終わればそこを去り、また違う世界に入っていく。そんな生活を20年以上続けてきました。
 そして50歳で新たに出会った「障害者の世界」。これまで出会ってきた多くの世界と同じように、障害者という新しい世界は、自分の価値観を問い直すことをぼくに問いかけるのです。

この連載「世界は開いているから仕方ない」では、そんな「障害者の世界」のことを、みなさんと一緒に考えていけたらと思っています。どうぞ、よろしくお願いします。

「今日のお客さんは誰かな?」教室の中をのぞき込む子どもたち。ルワンダにて (2014)

連載第3回 (2021年6月号)
あなたの「障害世界」の中での立ち位置は、どの辺りですか?()

 脊髄損傷で横隔膜から下の感覚がなくなって、当然足も動かず、入院中に障害者手帳を申請しました。

 「身体障害者等級表による級別」で、1級。「障害名」は「脊髄損傷による両下肢機能全廃(下肢1級)」。手帳の1ページめには要介護のハンコもしっかりと押してあります。いかにも、障害者の免許皆伝という感じがしました。

 厚生省によれば、「障害者手帳は、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の3種の手帳を総称した一般的な呼称です」とあります。なるほど、私がもらったのは身体障害者手帳。その他にも、療育手帳と精神障害者保健福祉手帳のふたつがあるのです。

  療育手帳とは、知的障害のある人に発行されるもの。精神障害者保健福祉手帳は、読んでそのまま、精神障害のある人がもらう。

 今年57歳の私が20代のころ、当時、不登校児の存在にようやく注目が集まり始めたころでした。学校からはじき出された子どもたちを対象とした民間の教育施設で理科を教えたことがありました。今から思えば、あの中には知的障害があった子もいれば、統合失調症や気分障害、高次脳機能障害という精神障害を抱えた子どもたちがいたのでした。

 どの障害も、ざっくりと書いてしまえば様々な生活上の不便さのことでしょう。社会の多数の人たちには感じられない「生活のしづらさ」。階段を使えないのも、計算が理解しにくいのも、気持ちが大きく落ち込んでしまうことがあるのも、みんな生活上の問題となれば、それが障害。生活のしづらさを抱えて生きる人、それが障害者。障害者手帳は申請して自治体が認定して発行されるものですけれど、手帳を申請しなくても、障害を持っている人は少なくない。障害手帳を持たない障害者も社会には多くおられるわけです。

 障害=生きづらさ、とすれば、障害の範囲はかなり大きくなりますよね。職場や家庭で「しんどいなぁ」、病気になって一時的に治療するのだってそれは生きづらい局面で、「障害」をかかえた状態。と考えれば、むしろ、障害を持たない人のほうが珍しいでしょう。よっぽどの自信家か、豪胆な人、もしかすれば少々鈍感じゃないと障害無しでは生きていけない。多くの人は、健常者ときどき障害者、という世界で過ごしているはず。

 さて、新しく恒常的な障害者世界に参加した私は、新しい世界の歩き方を学ぼうと、入院中のベッドの上で、障害にかかわる本をずいぶんと読みました。

 足が不便で階段を登れない障害があるとしても、階段の代わりにエレベーターやエスカレーターがあれば、階段がなくても大丈夫。とすれば、階段の有無によって歩けないことも障害になったり、障害でなくなったりする。つまり障害の有無は「足が悪い」ことに起因するのではなく、その施設にエレベーターがあるかないかに起因するんだ、という「障害の社会モデル」という考え方も、そんな本の中で学びました。

 多くの鉄道駅にエレベーターが設置され、あるいは多くの公共バスが車イス者でも使用可能になったことで、私の「歩けない」という障害はどんどん薄まっていくってことですよね。なるほどなぁ。

カンボジアの小学校でグループ学習に取り組む生徒たち。左上の女性は先生です。(2012)


2件のコメント

記事の内容が深いです。こういう記事を脊損者だけが読むのは惜しいことです。むしろ “時々障害者=健常者” こそ読むべき内容だと思いました。内容が重いから3ヶ月分の掲載ではなく2ヶ月分の掲載ににしてほしいと一瞬感じましたが残り時間が多くないから3ヶ月分の掲載で早く読みたいと思います。
 すごいなあ、村山さんという人の人間的エネルギー。

匿名様
好意的なコメント、ありがとうございます。こういうコメントいただくと、私は木に登っていくタイプです。ということで、はい、すぐに連載続きをアップしますね。
残り時間、ぜひぜひしぶとく長らえてくださいませ! ぜったいに急がずに!
村山哲也

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