ケニアでの青年海外協力隊の活動を終え日本に帰る前に、西アフリカの内陸国ニジェールを訪ねた。どうしても一度サハラ砂漠を見てみたかったんだ。そんなニジェールでの出来事。

人は食べる。だから、人が集まる場所にはたいがいなにかを食べさせる店がある。特にごった返している食べ物屋があれば、そこの味が悪いはずがないし、しかも安い。ニジェールの街角にも、探せばそんな食堂がいくつもある。
店に入って、まわりの人が食べているものを見渡す。多かったのはオクラやトマトを使った野菜煮込みスープのようなものに、茹で置いたマカロニや、米[1]をあわせた組み合わせだ。隣りのテーブルの客が美味しそうにたべているものを指で差せば、言葉がわからなくても困ることはまずない。
子どものころから、出されたものはすべて食べるというしつけを受けた。嫌いなものであっても、出されたものを食べるまで好きなテレビ番組を見せてもらえなかった。ワカメの酢の物など当時は嫌いで、それでも無理やり口の奥に押し込んで食べたものだ。
大人になってからも、テーブルに出てくれば必ず口にする習慣は残った。おかげで世界のどこに行っても、何でも口に入れられる。もちろん美味しくないものもあるけれど、食卓には食べられるものしか出てこないはずだと強く信じて、口に運ぶ。
ニジェールの食堂で出てくる茹で置きのマカロニの柔らかい食感はあまり好きではないけれど、それでも食べる。野菜スープは暖かく優しい味だ。出てきたものはすべて平らげて、お勘定をすませる。お店の手伝いの子どもがそのお皿を下げてくれる。ごちそうさまでした。
さて、胃袋にものが入って多少落ち着いてまわりを見回すと、あることに気がついた。ほとんどすべての客が、お皿の上に何かしらを少し残して店を出ていく。お店の手伝いと思った子どもは、ひとりではなく数人いて、みんな戸口に立っている。そして客が食べ終わると、すぅっと入ってくる。注意深く見ていると、子どもたちは皿を片付ける際に、皿の上に残ったものをさっと手にとって口に運ぶ。あるいは用意したビニール袋にそっと入れる。そして皿を店の奥に運んで行くと、また黙って戸口に並ぶのだ。
やがて合点がいった。客は子どもたちのために、あえて食事を残しているんだ。そして店側もそれを子どもが取ることを容認している。その場で口に入れないでビニール袋にとる子どもは、もしかしたら誰かが家で食事が届くのを待っているのかもしれない。ところが私の目の前にあった皿は、空っぽだった。何も残っていなかった。なんとも済まない気持ちで席を立つ。私の皿を片付けてくれた子どもは、取り分がなくてさぞがっかりしたはずだ。
ケニアでもナイロビなどの大きな町には路上で生活する子どもたちがいて、歩いている観光客にお金を無心していたけれど、ニジェールの食堂で見たような「子どもたちのために残す」習慣は見たことがなかった。(後年、ルワンダでも似た光景を見たことがある。)
食べ残したものを他者に与える。なにか罪悪感をともなうような行為でもある。それでもそれからは同じような食堂で食べるときには、子どもたちのために私も少し食べ残すように心がけた。ニジェールは当時も今も、世界の最貧国のひとつだ。それを噛みしめるような出来事だった。
改めて、世界は広いし、知らないことばかりだと思い知る。ひとつの山を登って――しかも登ってみればたいして高くもなく――、でもその頂から降りたくなくてぐずぐずしていたときのことだ。
[1] ニジェール南部を流れる大河ニジェール川流域では、中国南部を栽培起源とする稲とは別に、この地を起源とする稲が生育されてる。西アフリカ南部は米食も盛んな地域だ。


















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