あの、これぼくのですけど(花のパリ)。安全とか、治安とか、どうやって計るの?
パリの休日 事故に遭う前、まだぼくが立ったり歩いたりできたときのこと。 フランスの花の都、パリでのある遅い午後のことだ。 座って身体の右側に置いたカバンが、そろそろと動いているのにはすぐに気がついた。右隣にすわっている...
海外開発支援パリの休日 事故に遭う前、まだぼくが立ったり歩いたりできたときのこと。 フランスの花の都、パリでのある遅い午後のことだ。 座って身体の右側に置いたカバンが、そろそろと動いているのにはすぐに気がついた。右隣にすわっている...
越境する人弱者の越境、強者の越境 越境した先で、越境者は〝よそ者〟となる。 越境における弱者と強者の関係は根が深い。越境ではどうしても弱者が生まれがちだ。 たとえば越境者が弱者であれば、彼/彼女/彼ら/彼女らの越境は、他者から...
カンボジア途上国での教育の応援、ぼくのこれまでの多くの仕事は日本のODA(政府間援助)の末端でのものだった。けれども、一度、ベルギーのODAで働いたことがある。今日は、そのことを書いてみます。 ベルギーのODAとのご縁 ベルギ...
海外開発支援軍需産業のマッチポンプ 本題に入る前に、まず映画をひとつ紹介します。『シャドー・ディール 武器ビジネスの闇』です。1月30日から渋谷のシアター・イメージ・フォーラムなどで上映されています。詳細は以下からどうぞ。 この...
越境ところ変われば、いい天気も変わるのです 「今日はいい天気ですね」って、気持ちいい挨拶ですよね。ご近所との何気ない挨拶にお天気のネタは定番です。 2014年の事故の後、5年間、日本で過ごしました。事故の10ヶ月前に結婚...
胡椒昨年10月11日に、《予告『カンボジアの胡椒とその周辺の物語』なんてそんなことを書くことになったのか?》という投稿をしました(以下から飛べます)。その後、30回に渡って『カンボジアの胡椒とその周辺の物語』を水曜日と土曜...
フィリピンダバオと日本の、かなり親密だった関係 1998年から2001年にかけて、ぼくはフィリピン最南部のミンダナオ島ダバオ市にある教育事務所で働いていた。 ダバオと日本の縁は深い。 日米の太平洋戦争はハワイ真珠湾への日本軍攻...
障害・車イス・脊髄損傷昨年12月10日の投稿で、「死んだほうがまし」について書きました。そのときに、西智弘著『だから、もう眠らせてほしい -安楽死と緩和ケアを巡る、私たちの物語』(晶文社 2020年7月)に触れて、「安楽死制度を整えながら、...
越境する人3ヶ月近く続けてきました『カンボジアの胡椒と その周辺の物語』も今回で最終回です。前回は外伝5として、日本との関わりの深いひとりのカンボジアの方に関して書きました。(前回の投稿には以下から飛べます) 最終回は、外伝6...
『超えてみようよ!境界線』宣伝!あらまびっくり。 自分の新刊のタイトルを、私ずっと間違って書いておりました。 『超えてみようよ!境界線』が正しかったのでした。『越えて』で検索してくださった方々、本当に申し訳ありませんでした! 恐縮至極! アマゾ...
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