暗闇の中、南西からやってきて東の方へ去っていったモノ ケニア クゥイセロ村での不思議な夜
西暦2000年(平成14年)前後の通信革命!!! 20世紀から21世紀にかけて、ものすごい通信革命が起きたんですよねぇ。1990年から1992年に青年海外協力隊員として暮らしたケニア西部のクゥイセロ村での生活は、電気ガ...
ケニア西暦2000年(平成14年)前後の通信革命!!! 20世紀から21世紀にかけて、ものすごい通信革命が起きたんですよねぇ。1990年から1992年に青年海外協力隊員として暮らしたケニア西部のクゥイセロ村での生活は、電気ガ...
胡椒前回の投稿(華人排斥の歴史、以下から飛べます)と今回の投稿は、『カンボジアの胡椒とその周辺の物語』の後書きのような位置づけになります。今回は、現在のカンボジアという枠組みで数百年の歴史を振り返ることの難しさについて書き...
理科教育頭に持ってきました写真は、上野科学博物館にあります、進化の樹、の部屋です。あの部屋を「役に立てる」には、かなりの技量が必要と思いつつ、そんなもんなくても、あの雰囲気、いいですよねぇ。あの部屋ほど、幼子の姿が似合う場所も...
海外開発支援複雑系との遭遇、そして興奮 2000年、フィリピン南部、ミンダナオ島ダバオ市の教育事務所で働いていたときのこと。 20世紀の最後に働いたこのフィリピンで、仕事でインターネットを使い始めた。事務所でインターネットを使う...
読書より編集者 山家直子さんとの出会い Pippo著『一篇の詩に出会った話』(かもがわ出版 2020)という本をいただきました。 11人の方に、Pippoさんが「好きな詩はなんですか?」と問いかけることで始まる会話が綴られて...
胡椒13世紀、アンコールトムの地を訪れた中国・元からの使者、周達観が『真臘風土記』に書き残した胡椒への言及、それは漢字でたった23文字のみ。そこから始まった、『カンボジアの胡椒と、その周辺の物語』。13世紀以降のカンボジア...
最近のニュースからヘッドレスモニュメントも、慰安婦像も、境界を超えてやってくる この写真は1998年ごろ、フィリピン、ルソン島南部にあるレガスピー市で撮ったものです。ヘッドレスモニュメント。後ろ手にされてひざまずいた男性の姿に、首はな...
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村山哲也 MURAYAMA Tetsuya
1964年生まれ、東京出身です。
大学卒業後、高校野球の監督を数年やったあと、20代後半に青年海外協力隊に参加し、その後も途上国の主に理科教育や教員研修の支援に関わってきました。
2014年50歳のとき、アフリカのルワンダで仕事中に、乗っていた車が谷に転落しちゃって。脊髄損傷、下半身麻痺で車イスの生活となりました。その後も、なんとか、あれやこれやとやっております。
長く居たところは、日本、ケニア、フィリピン、カンボジア、ルワンダ。短いところは、あっちこっち。
よろしくおねがいしまーす。
心の命じるままにつづる、どうでもいい話たち。
人を不幸せにして稼ぎを得られる仕事が良い仕事とは思えない、ということ。から始まって、『ホロコーストとジェノサイド』という複雑な本に至り、つまり俺ら皆つながってて、なんらかの責任なり関係なりを持つ歴史的主体なのだよなぁ、ということ云々、なんちゃらちゃん。みんな愛しあってるか~ぃ?
ブラック企業とか、ブラックな職場とか……。なぜ“ブラック”を否定的な意味合いで使い続けられるのか? やめたほうがいいと思うなぁ。 半世紀以上前、米国での黒人への差別に対して闘ったキング牧師とマルコムXと……、ふたりに関する本を読みました。それは、我が祖国日本社会をも撃つものだったのです。
“行春の若葉の底に生き残る” 堺利彦を知っていますか? 黒岩比佐子を知っていますか?
センとラン。ふたりの少年との数週間。
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