「お爺ちゃんは、黙ってて。口出す権利、ないから」はボキャ貧?、という話…から、なぜ支援するのかの話につながります

Early evening after shower @ Ginza 2023 April

 

4件のコメント

もらえるものはもらっておいて、それをどのように処分するかはもらった人の自由ってやつかなぁと。

匿名様

読んでいただき、渋いコメントもありがとうございます。

でね、問題は、「もらった人」が「あげた人」に「口出す権利はない」と告げることの是非というか。そこからスタートして、そもそも「口出す権利」は誰にでもあって、私たちに対して「誰もが口を出す権利をもっている」んじゃないか、ってこと。

そんなことを思ったりするのです。もちろん、「権利」を意識して口を出しているのではなくて、口を出したくなるそれなりの切なく熱い思いなんかがあっちゃったりする。

そんなときは、言われる側は「きけるものはきいといて、それをどう処分するかはきかされた人の自由」ってこと、なんでしょうかね。

 とても物分かりがいい爺ちゃんで、穏やかな爺ちゃんでしょうが孫っこが「私のことに、お爺ちゃんは口出す権利ない」と言ったとき、せめてその時、その場で物分かりがいいお爺ちゃんは孫っこに『そうかなあ』というコトバぐらいは掛けてほしかったなあと思うがなあ。
 支援とか、国際支援とかいうと、私も構えてしまって意見も控えてしまいますが、お爺と孫っこの間には明らかに日常の”共生”という人間観関係がある。お爺は孫っこに良しと思うところを言葉で伝えるべきである。それを孫っこが受容するしないは別の話である。そうか、お爺はそう考えるんだなということを伝えるべきだ。そこで孫っこは自分で主体的に考えればよい。勿論、ここでお爺が口を出すときに”礼儀・ルール・配慮・技術”といったことは日常の共生の中でお互いに磨かれているべき大前提でしょうが。こういう日常がないと、一人の人が人間として大きく成長し、独裁的権力を獲得したとき、「民主主義には、それぞれの国のあり方がある」という恥ずかしい、もっと言うと犯罪的な発言してはばからない人間に至らしめるのではないだろうか。
                                         私は広い意味で公教育の現場でささやかな人生を過ごしましたが”明日には解って欲しいなあ”という想いを持ちながら、教育の現場で”今日行く”ことを今日試みることなしにその想いを持つことは許されないと考えて若者と付き合って来ました。”明日には解って欲しいなあ”という明日が文字通り明日のこともあるし、10年、20年というスパンの明日もある。それでよいと考えます。
 お爺は孫っこにやっぱり言ってほしかった。豊かな共生を発展させるために言ってほしかった。それは人間関係でも、国家関係でも同じではなかろうか。
 今日の”越境ひっきりなし”を拝読して、人間の歴史の中で何故に人間はコトバを獲得したのかを考えさせられました。

匿名様 いつも読んでいただき、熱いコメントもありがとうございます。

その後、物わかりのいい爺ちゃんは「もう、俺はなんも言わない、まぁ、本人の決めることだから」なんて言っていました(爺ちゃん=私ムラヤマ、ってことはないですよ、ほんとに)

「お爺は孫っこに良しと思うところを言葉で伝えるべきである。それを孫っこが受容するしないは別の話である。そうか、お爺はそう考えるんだなということを伝えるべきだ。そこで孫っこは自分で主体的に考えればよい」

私もそう思います。遠慮せずに伝えればいいのに、と私も思うんですけれどね。
そのお爺のケースは、どうやらタイミングを逸した、ようです。そうねぇ、まぁそういうことはあるわねぇ。タイミング、縁、チャンス、当たりの宝くじ・・・・、往々にして逃すことが多いですわ(宝くじに関しては、私は「買わなくちゃ当たるわけない」のくちですけれど)。
あるいは、彼はやっぱり“怖い”のだろう。孫娘に嫌われてしまうのが。
日々、波風立てずに過ごしたい、特に歳を取れば。そういう気持ちも、伝わってくるのです。彼より二回り以上年下のまだ“若造”の私は、そんな彼を「臆病」とも思えなくて。彼の言葉を聞きながら、「そう・・」というだけ。

「”今日行く”ことを今日試みることなしにその想いを持つことは許されないと考えて若者と付き合って来ました。”明日には解って欲しいなあ”という明日が文字通り明日のこともあるし、10年、20年というスパンの明日もある。それでよいと考えます。」

はい、そのほんの一片を垣間見させていただいた者として、ほんの一片でしたけれど、でも十分にその思いは伝わってきていました。今になって思い起こせば、当時よりもより一層、お気持ちが伝わってくるのです。
まさに、「10年、20年というスパンの明日もある」であります。
私も、見習っていこうと誓っています。

村山哲也

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