ところ変われば、いい天気も変わるのです
「今日はいい天気ですね」って、気持ちいい挨拶ですよね。ご近所との何気ない挨拶にお天気のネタは定番です。
2014年の事故の後、5年間、日本で過ごしました。事故の10ヶ月前に結婚したカンボジアの妻サンワーには、お願いして日本に来てもらいました。
退院後、暮らした北浦和の貸しマンションの一室で、ぼくたちは暮らし始めました。宵っ張りなぼくたちは、朝は苦手です。それでも遅い午前中に目覚めて、気持ちよく晴れている日、ぼくはよく「今日はいい天気だねー」と、彼女に声をかけていました。
でも、彼女にぼくの声の「本質」が、なにか届いていないような感じがしたのです。「そうね」と答える彼女は、心の奥底からそうは思っていないような感じ。それであるとき、彼女に「カンボジアの人たちにとって、いい天気ってどんな天気なのか? 」と尋ねてみました。彼女の答えは、あえて言えば「曇りの日」だというのです。なるほど、スッカンに晴れた日、カンボジアの日中の日差しは強力です。日焼けを嫌う都会派の女性は、できるだけ肌を外に出さないような格好をして、バイクを運転しています。「晴れた日」はけして「いい天気」ではないらしいのです。むしろ、曇りの日のほうが、過ごしやすくてあえていえば「いい天気」。そういえば、カンボジアの首都プノンペンで働いているとき、「いい天気」という単語をそれほど使った覚えがないなぁ。カンボジアの何気ない挨拶の筆頭は「ご飯食べた-」だもんなぁ。
その後、平日午前中の水泳教室に通いめたサンワーは、多くの年上の友人に恵まれました。そして、ごく自然な気持ちで「いい天気ですね」という言葉を受け答えするようになっていきました。
そういえば、彼女が「蒸し暑い」という言葉の意味がわからない、と言ったことがあります。日本語学習帳に出てくるけれど、いったいそれはどんな風に暑いのか? 蒸す、という感覚。蒸し蒸しする、という感じ。それがわからないと言うのです。
えー、プノンペンなんか、しょっちゅう蒸し蒸ししているじゃない!あれが蒸し暑いだよ、と説明したのですが、うーん、と首をひねるばかり。やがて、ひと夏を過ごしたあるとき、ふと彼女が「私、蒸し暑いは、わかりましたよ」と言ったのです。蒸し暑いがわかるためには、蒸し暑くないを知らなくちゃいけなくて、そして、カラッと晴れた夏、そんな午後に夕立があって、湿度が上がって、「なんか蒸し蒸ししてきたねぇ」なんて汗を拭く。そんな経験が、彼女にもあったようなのです。なるほど、良かったねぇと、ふたりして手を取り合って喜んだのでした。
そんなわけで、その後はプノンペンでも、彼女とぼくの間では「今日は蒸すねぇ」なんて会話が成立するようになりました。
野外でお弁当を開くのは、夜
ヨルダンの首都アンマンで働いたのは、1ヶ月を2回、あわせて2ヶ月というけして長くはない時間です。それでも、初めてのイスラム世界、中東の社会は、面白かった。国土の多くが砂漠の国であるヨルダンは、暑いイメージがありますけれど、秋冬はかなり冷え込みます。2度めの赴任は初冬で、涼しい朝、スッカーンと抜けるように青空がひろがっていた、アンマンの空。忘れられません。
アンマンでの日々は、連日ほぼ宿と職場の往復で、自分の車もありませんでしたからあちこち訪ねる機会も多くはありませんでした。そんなとき、週末の夜(ヨルダンの週末は金曜と土曜、日曜日は出勤日です)に、車で1時間ほどの遺跡でコンサートがあると知り、しかもアンマンから移送バスが往復するということだったので、思い切って出かけました。
遺跡の古い(ローマ時代)競技場後で開かれたコンサートはとてもステキで印象的な夜になったのですが、さらに記憶に残ったのが帰りのバスから見た光景です。遺跡からアンマンへつながるくねくねとした道を走るバスから、その途中途中、多くの場所で道端や、道から少し離れた開けた場所で、小さなランプがチロチロと揺れているのが見えるのです。よく見ると、どうやら家族連れでピクニックを楽しんでいる様子。えー!って感じ。でも、なるほど、夜のほうが快適なのです(確かそのときの季節は初夏)。日中のピクニックは日差しが強すぎるし、日差しを遮って木陰をつくる木々もない。
一緒に働くヨルダンの同僚らに聞いても、夏の夜のピクニックは市民には人気なのだと。
彼らの1日の過ごし方は、日本から見ればかなり独特です。仕事は、朝から午後2~3時ぐらいまで、昼休みなしで続きます。学校もそう。仕事後、家族は1日で一番しっかりと遅い昼ごはんを楽しみます。そのあとはきちんとお昼寝。暗くなってから夜半までが、リラックスタイム。夏の週末、この時間にピクニックを楽しむわけです。あるいは家族で買い物に出かけるのもこの時間。
アンマンの繁華街が一番賑わうのもこの遅い夜。深夜まで小さな子をつれた家族連れが歩いているのを見て、最初はびっくりしたものです。
おそらくヨルダンから日本に研修に行ったりして、日本の朝昼夜が連続している生活に、多分研修生は最初は戸惑うのだろうなぁと思った次第です。


















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