友人知人の訃報が届くこと
現在の日本の平均寿命は80歳半ばぐらい? 今60歳の私であれば、“普通に”過ごせば20年ぐらいの寿命は残っているということかしら。それとも、私の場合これだけ大きな障害を得てしまっているので、たとえば健康にいいとされる「歩く」を50歳からまったくできていないのですから、平均寿命まで粘るのは少々欲張りかなぁ。
けれども、私の周りには若くして逝ってしまった人たちが何人もいます。そして、私の場合は、そんな連絡が突然舞い込んでくることが多い。「突然」の理由。ひとつは20代後半から落ち着きなくあっちこっちと日本の外を動いている私のライフスタイルによるものでしょう。けれども、逝ってしまった人たちのことを思い浮かべてみると、その彼ら彼女らの死がやっぱり突然だった。
癌というのは今や必死の病気ではない。それに癌で亡くなるとしても、その多くは突然死ではない。死までの時間が残されていて、たとえば友人サイドの都合でいえば、お見舞いする機会ぐらいはある。そして訃報が届けば、そうだったかぁと思える。つまり、本人にもその周りにも、死に向かって準備する期間があります。そういえば、2年ほど前に亡くなった父も、癌でした。気がついたときはもう全身転移で、それでも消化器系の食物の通りをよくする手術を受けて、1年ほど寿命が延びました。そして、その1年、孫たちと旅行に行ったり、母とふたりで静かな日々を過ごしました。逝ったときは、やれやれお疲れ様、に尽きたわけです。一応、子どもとしてお礼も生前に伝えることもできました。つまり、わりとゆっくりと死に備える日々があった。
けれども、突然は、そういう準備期間無しなのです。自死なんかはその本人はそれなりに準備しているのかもしれませんが、でもね、準備して実行しない例もきっと多いわけで。実行しちゃうってのは、やはりかなり衝動的な面もあるのだろうと想像するのです。自死した本人も、けっこうびっくり、と突然死んじゃったと思う。
私の周り、死んじゃった人を思い返すと、中には「死ぬべくして死んだ」ような奴もいないわけではありません。若い頃に読んだ畑正憲著『青春期結婚記』の中で、畑さんの同級生が自死する。それを受けた畑さんは同じく同級生だったガールフレンド(その後、彼女が畑さんの奥様になられる)に向かって、「彼にとってこの世は辛すぎた、彼は死ぬべくして死んだのだ」というようなことを語るシーンが出てきます。若い私は、なるほどーそうだよなぁーそういうことあるかもなぁー、なんて納得しながら読みました。そして、その「そうだよなぁー」という気分は今でも私の奥深いところに残っています。そして、あぁ、あいつは死ぬべくして死んだなぁ、という奴がいる。生き急いでいるように見えた。破滅型の死。
でも、そんなケースは稀で、訃報の多くは、残念至極です。なんで死んじゃったんだよう、っていう不慮の死、無念だったろう死。突然のニュースに、心は大きく波打ちました。
がっくりの知らせ
最近、やっぱりひとつの死が突然日本から舞い込んできました。一報を受けて、こっちも啞然とするしかないような人の死でした。先月も彼女はプノンペンのこの家までやってきて、カンボジアの教育関連のあれこれを情報交換したり、そのほか彼女の1970年安保闘争まっさかりの高校時代の話を聞いたりしたのでした。私より一回り年上のその人の通った高校は、私の母校に近く、安保闘争後のノンポリしらけ世代の私には想像もつかないような話があれこれ飛び出して。いやー、刺激的で面白かったなぁ。とにかく彼女はマシンガントークで活動的な秀才、つまり学級長タイプ、でしたから、こっちは聞いてればいいから楽ちんだったんだ。面倒見のいい彼女は、昨年あたりから年に2~3回プノンペンに来るたびに、ここに寄って散らかりっぱなしの私の本棚の整理整頓にも取り組んでくれていたのです。伊藤さん、これやりっぱなしだよ?まだ途中だよ?どうすりゃいいのさ。今後の整理整頓のニーズはまだまだ大きいのですけれど?本当に困ってしまうよ。
カンボジアの教育情報あれこれについても、私はあなたの死で途方に暮れています。私が得る情報と、あなたが得る情報、かなりチャンネルとベクトルが違っていて、だからこそあなたの存在はとっても有益だったのです。特に私がしらない地方部の人口密度の低い地域の学校事情について、私はリアルな情報の入手先を失ってしまった。本当に、困ります。
都市部と比較して、地方の過疎地がどれだけ教育環境が未整備のままなのか、それをあなたから知ることができたのは、私にとっては大きな武器でしたのに。教育省が出す平均値的なデータとそれに基ずく多くの政策からはすくい取れないもの。まさに格差の問題。そこに目を向けることが少しはできたのは、あなたの力に拠るところが大きかった。あーぁ、困ったなぁ、本当に。懐刀と同士を失ったのだなぁとつくづく思う。
聞けば、脳梗塞だという。私の理解だと、脳梗塞とか心筋梗塞とか、かすかな予兆はあったはずなんです。でも、多忙な学級委員長のあなたはそんな予兆を「あら? でもまぁたいしたことないからだいじょうぶよね(独り言)」ですませてしまったに違いない。馬鹿だなぁ。でもまぁ予定が入っていたらそうなるよなぁ。わかるけどさ。でもなぁ、ちゃんと検査してほしかったですよ。もっと長生きして、ここの本棚の片づけ、継続してほしかったさぁ。
残された側の日々
訃報が突然届く。それでも、受け取った側の日常はなーんも変わらずに続く。朝起きて、夜寝るまで、別に世界はなんにも変わらない。なんとなく理不尽な気がする。もっと彼女の死を悼まなくちゃいけないだろう!?という思いが心からは離れない。SNSを見れば、彼女の死を嘆く投稿をした人が、同じ日にまったく違う投稿を笑顔でしている。ふざけんな!と思う。喪に服すときじゃないのか?!
でも、いやいや、日常のままなんも変わらずでいいのよ、って声も聞こえる。お悔やみ言って泣いたその後に、すぐに笑えるってむしろ素敵なことじゃないかしら。美味しいもの食べてさ笑む、みんなで笑む。それこそが、生の賛歌。
そうやって人は生きるし、社会は回る。彼女のことを思い出す回数もきっとだんだん減っていく。そうやって僕も過ごしてきた。これからもきっとそう。そして、いつか自分が訃報を出される番がくる。「え、ムラヤマ死んだの?」ははは、まだもうちょい生きてるよ。
友人、伊藤明子さん、これまでどうもありがとうございました。そしてお疲れ様でした。俺は無神論者だからね、またあの世で会いましょうなんてことは書かないよ。はい、死んだらそれまでよ。

ボウフラも蚊になるまでの浮き沈み
さて、皆さま、どうぞ逝き急がずに。ちょい変だなという自覚症状があったら、早く病院に行きましょうね、ホント、自戒を込めて。
ではでは、またまた。
お楽しみはこれからだ!!これからなんじゃないかな?! ……知らんけど。

















いやだねえ、生き方が、価値観が近しい人が突然逝ってしまうって。逝ってしまったことを知らされるときの怒りのような、おいて行かれた寂しさのようなどうしようもない怒りに似た悲しみ、思い・・・。村山さんが信頼していた伊藤明子さんは脳梗塞で逝ってしまったのですか。私は親しくしていた同僚が逝ったことを西高同窓会報で死後1年近く経ってから知った。死因も未だに分からない。あれだえk親しくしていたのに・・・。あれだけ勝手を許していたのに・・・。独りで怒った、独りで悩んだ、独りで凹んだ。1週間ほどそんな日が続いた。激しい思いがやわらいだ時、結局生きるのは独りだという想いが去来した。コトバを維持出来たり、行動を維持出来たりして生きて在る人に付き合うが究極は生きる人間は独りなんだと思うに至りました。当然のことですが、地上での付き合いがすべてだ、相手が先に逝こうが自分が先に逝こうがその事実が確認できた時点でリセットだ。生き残った者はその時点ですべてを独りで総括するするならば総括するしかない。
疲れているときに酷な言い方ですが村山さん「伊藤さんは脳梗塞で逝かれた。不如意であっただろうが仕方ないよ、感謝の思いを捧げるしかないよ。嘆きがすんだらまた独りで生きる力を自分で獲得するしかないよ。それが最ゆとりを持って生きる力になると思う。
死後の世界を思いやっても仕方ない。独りで生きる者同士、預かった命を共に生きよう。