ボウフラも蚊になるまでの浮き沈み —-友の訃報が届くということ、しかも先日会った 友が突然にというような—-

私の本棚をなにやらいじっている人が左端におられます。2年ほど前かと。この作業はつい先月も続いていたのでした。

1件のコメント

 いやだねえ、生き方が、価値観が近しい人が突然逝ってしまうって。逝ってしまったことを知らされるときの怒りのような、おいて行かれた寂しさのようなどうしようもない怒りに似た悲しみ、思い・・・。村山さんが信頼していた伊藤明子さんは脳梗塞で逝ってしまったのですか。私は親しくしていた同僚が逝ったことを西高同窓会報で死後1年近く経ってから知った。死因も未だに分からない。あれだえk親しくしていたのに・・・。あれだけ勝手を許していたのに・・・。独りで怒った、独りで悩んだ、独りで凹んだ。1週間ほどそんな日が続いた。激しい思いがやわらいだ時、結局生きるのは独りだという想いが去来した。コトバを維持出来たり、行動を維持出来たりして生きて在る人に付き合うが究極は生きる人間は独りなんだと思うに至りました。当然のことですが、地上での付き合いがすべてだ、相手が先に逝こうが自分が先に逝こうがその事実が確認できた時点でリセットだ。生き残った者はその時点ですべてを独りで総括するするならば総括するしかない。
 疲れているときに酷な言い方ですが村山さん「伊藤さんは脳梗塞で逝かれた。不如意であっただろうが仕方ないよ、感謝の思いを捧げるしかないよ。嘆きがすんだらまた独りで生きる力を自分で獲得するしかないよ。それが最ゆとりを持って生きる力になると思う。
 死後の世界を思いやっても仕方ない。独りで生きる者同士、預かった命を共に生きよう。

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