憂鬱が続きます。イスラエルとパレスチナのことです。
もちろん、ウクライナも気になる。ミャンマー(ビルマ)も気になる。軍のクーデータによる混乱が続くスーダンも、ニジェールも気にかかる。大きな地震で被災したアフガニスタンの人たちも気になるし。辺野古だって気になれば、そのほか、あれもこれも・・・・。けれども、今朝起きて、やっぱり思うのはガザのことでした。
それでも、すでにパレスチナのニュースは沈静化していないでしょうか? すでに世界はガザに食傷気味? 今日も、イスラエルの爆弾はガザに落ちているし、ハマスが連れ去った人質はどうなっているのか?(カタールの仲立ちで、数名の人質が解放されたというニュースも入ってきてはいますけれど)
共感疲労、という言葉があるそうです。たとえばパレスチナのニュースを聞いて実際に自分の体調が悪くなる人が少なからずいる。体調を崩された人たちには申し訳ないですけれど、私はそんな人たちのことを知るとやっぱりどこか救われる。人類の優しさを信じたくなる。そして、私もそのひとりというつもりはありませんけれど、先週、私も体調崩しました。風邪ひいたみたい。でも、その風邪も回復しつつある。私の身体も、ガザの悲報に慣れてしまったのかもしれないのです。あぁ、憂鬱です。
ぐだぐだ書かずに、このブログ、書きたいことをまず書いてしまうことにします。
交流するしかない
まず、私がどうしてもパレスチナ側に親和を感じてしまうことの背景には、突然に「この場所から出ていけ」と言われた人たちがいたのは間違いないから、ということがあります。イスラエルの国家の領土はすべてパレスチナと呼ばれ、そこに暮らす人たちがいた土地だった。もともとはそういうことなんだと理解しています。そこには二千年前の記憶よりも、ずっと生々しい痛みを私は感じてしまうのです。
一方で、すでにイスラエル生まれの人たちがたくさんいる。彼らにとってはその土地が故郷になってもいる。新しく植えられたオリーブの木もたくさんある。ヘブライ語という一度廃れかけた言葉を母語として復活させたことも無視するわけにもいかない。今や、その言葉を母語として、さらに母国語として使う人たちがいる。それだけの思いがたくさんつまった土地なんだ、あそこはもはや。
どこかで痛み分けするしかないのだろうと思うのです。その答えが「高い隔離壁」だとすれば、人類はかなり愚かだ。
実際に、イスラエルとパレスチナとそれぞれの若者が共にキャンプすれば、友情も生まれている。そういう事例がある。そういうことをたくさんエネルギーかけてやるしかない(もちろんたくさん予算もかけて)。そんなふうに思ったりするのです。100年かけてそういう友情をたくさん作っていくしかない。100年で無理なら200年かけて。そういう希望をたくさんつくらないと、この「殺し合い」は減らない。
具体的な事例として、例えば思想家のエドワード・サイード(パレスチナ系米国人)が、イスラエルのユダヤ人の音楽家のダニエル・バレンボイムと一緒に展開したウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラがある。別にユダヤ人、パレスチナ人に限定せずに、イスラエルのユダヤ人、占領下のパレスチナ人の音楽家、さらには中東のアラブ系、あるいはトルコの演奏家、若い人たちが一つのオーケストラを作って、演奏活動を行った。占領者であろうと、被占領者であろうと。そこで一つのハーモニーを作るという交流を通じて、対話が可能になる。
イスラエルとパレスチナ、両者の若者を集めて一緒にキャンプ活動をすることで交流を育むというような活動をしていたNGOもあったような気がする。
とにかく、そういうことを継続してやっていくしかないのではないんじゃないのか。おそらく最初は砂漠に水をまくような儚いことに思えるかもしれない。でも、最初は10人、さらに10人、それがやがて100人、1000人。100年でも200年でも続ける。そこに継続的に投資する。そういう国際支援こそが必要なのだと思う。
いや、実際にサイードたちは努力してきたし、他にも交流を築いてきた面はあったにも関わらず、今回のようなことが起きているじゃないか。そういう反論はあるだろう。もっともな意見だと思う。
でも、だからこれまでの投入が無駄だったと結論するのはやはり拙速だと思うのです。まだ足りないのだ。だから、もっとやるしかない。そういうふうに考えようじゃありませんか。
殺されたイスラエルの人たちを心から悼むパレスチナの人たち、殺されたパレスチナの人を心から悼むイスラエルの人たち。今も必ずいるのです。今、銃をもつ人たちの子どもたちが、そうならないとは絶対に言えない。そこにしか、希望はない。
殺される側の連帯ということ
今回の一連の出来事を、とりあえず10月7日に起こったパレスチナ側武装勢力ハマスのイスラエルへの越境攻撃に始まったこととしてみましょう。まず攻撃されたキブツ(共同生活集団)のイスラエルの市井の人たちやそこで労働者として働いていたタイなどの海外からの労働者や、音楽会に集った海外からの旅行者を含んだ人たちが犠牲になった。
そして、その報復作戦として、イスラエル軍がガザを攻撃し、多くの被害者がパレスチナ側にも出ている。
一番、共感しあえるのは、日々の生活が破壊された人たちではないのか? イスラエル側とパレスチナ側、双方の被害者たちが、その痛みをもっとも共感しあえる存在ではないのか? けれども、実際にはそうなっていないように見えます。イスラエル側の被害者はパレスチナをさらに憎み、パレスチナ側の被害者はイスラエルをされに憎む。そういうことが起こっているように思えます。でも、それは何かが間違っている。
日中・太平洋戦争が終わった後のこと。ことあるごとに湧きあがった「ノーモアヒロシマ」という日本の世論に対して、その度に米国で湧きあがった「リメンバーパールハーバー」の声がありました。けれども、本当は「ノーモアヒロシマ」と「リメンバーパールハーバー」こそが共闘するべきなのだ、と書いたのは本多勝一だった。両者は対立する声ではなくて、共闘する声だと言ったのです。高校時代(今から40数年前)の私はそれを読んで、目から鱗でした。
もちろん、細かい疑問はいろいろ言えます。広島の原爆は、たとえ広島が一大軍都だったとしても多数の非戦闘員を巻き込むのは明確であったのに対し、真珠湾攻撃はあくまで戦闘員を対象とした攻撃だったとか、そういうことを言おうと思えば言えないわけではない。
けれども、とにかく広島でも、真珠湾でも、「殺す側」と「殺される側」があって、ならば「殺される側」は共に殺すな!というべきなんだ、という本多の主張は、高校生だった私には初めて触れる考え方だったのです。だから、「そういう考え方があるのか!」と私は衝撃を受けたし、今に至るまでの影響も受けた。
その考え方に則れば、今回も「殺される側」、つまり弱者こそが手をつなぎ、殺すな!と共に叫ぶことができるはずなのです、もっとも強い共感をもって。
それを拒んでいるのが、国家という権力だし、それぞれの国家が提供する学校教育で学ぶ歴史だし、国境だし、経済や政治なのです。
ガザの海はどこにも通じていない
とにかくね、天下国家を私は語りたくない。天下国家を巡る議論にも足を踏み入れたくない。それでも「日本として…」という文脈で、今日のイスラエルとパレスチナの紛争を語る人、少なくないみたい。そういうことを聞いても読んでも、なんか心疲れます。
私がプノンペンで静かな時間を過ごしている今このときにも、ガザでは火薬がたくさん使われて、人が傷ついている。偶然、生き残っている人(絶対数でいえば、200万人を超えるガザの住民の中で、そういう人が多数ではあるのだけれど)も、いつ自分が、自分のいる場所が破壊されるかわからない。
数日前、『ガザ 素顔の日常』というドキュメンタリー映画をインターネットで見る機会がありました。そこで映し出されたガザの市井の人たちの生活は、2014年から2018年に撮影されたものです。海岸から5キロまでしか漁場として利用できない漁民の子(それ以上沖にでると、イスラエル側に逮捕されるか、その場で銃撃され、最悪殺され海に捨てられる)、海外留学を夢見ながらそれが難しいと理解しせめてチェロを弾く女学生、毎日4時間しか電気が通じない中で縫製の仕事もままならない初老の男性、若くしてイスラエル兵に撃たれ車イス者となり歌うことに生命を燃やすラッパー、国境沿いでの抗議運動のたびに傷つく人たちを運ぶ救急隊員、「ガザでの生活は5分後にどうなっているかわからない」と言うタクシー運転で日々の糊口をしのぐ中年男性、ベドウィン(砂漠の遊牧民)の伝統衣装のファッションショーを主催するリッチ層なデザイナー……。その誰もが、とにかく生きて、そして明日はわからない。
彼らの誰もが、天井のない牢獄、ガザに閉じ込められている。世界につながっていくはずの広い海が映画の中でなんども映し出されるけれど、そのガザの海は5キロ沖で閉じているのです。ガザの海は、どこにも通じていない。
彼らは、今日、まだ生きているのだろうか? 映画では子どもだった人たちは、今10代半ば、10代後半の青年になっているはずで、彼らはハマスの兵士になっているかもしれない。それを誰が責められるというのだろうか?
パレスチナのことを描いてごく秀逸な『ガザに地下鉄が走る日』という超激な良書があります。著者は岡真理という文学研究者です。岡さんは何を語っているだろう。気になってインターネットを少し探してみました。けれども、ここ最近の岡さんの言葉を見つけることはできませんでした。なぜ彼女は沈黙されているのだろう? 岡さんなら、今の状況をなんと語るだろう?と考えています。彼女が殺されていくガザの人たちへの共感疲労で倒れていないことを祈るばかりです。



















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