アッ、転んだ!!立ち上がって、ビリでもゴールまで走る……拍手喝采!でも、どうして?? それはなに??

縄跳び遊びをする子どもたち カンボジアで (内容とは直接関係ありません)

途中で走るのを止めてしまう子どもたち

 ぼくの大好きな話を紹介する。カンボジアで体育指導のボランティア活動をしていたある青年から聞いた話だ。

 彼は支援する小学校で運動会を企画する。日本の学校では普通に開かれている運動会という行事は、カンボジアの学校にはない。運動会がないばかりか、当時は学校で体育という教科も存在しなかった。体育という科目がなくたって、もちろん子どもたちは空き時間にサッカーをしたり、ゴムとび遊びをしたりして身体を動かしてはいたけれど、運動会は真新しい体験だった。
 ボランティアの彼は運動会の実施を、まず校長先生に掛け合った。運動会という行事がどういうもので、それがどんな意義を持つのか、何も知らない人に説明するのは簡単ではなかっただろう。子どもたちが、たとえば赤組と白組に別れて、それぞれ協力して競技を競い、仲間を応援する。さらには、保護者たちを始めとする地域の人たちにも参加してもらうことで、学校と地域社会の関係を深める。そんな運動会のお祭りとしての役割を、ようやく校長や先生たちに伝えて了解を得る。
 そして、彼は、実施する競技種目を検討して、いよいよ練習に取り掛かる。体操や玉転がし、かけっこや綱引き、そんな競技の中に、彼はリレーも組み込んだ。いよいよ練習だ。

 何組かに子どもたちをグループ分けして、色違いのバトンを使ってリレーの練習が始まった。走る子どもたちの中には裸足の子もいる。そんな子どもらがバトンを受け渡して順々に走るのを指導しながら、彼はきっと充実感にひたっていただろう。
 ところが、練習を続けていくと、問題が起こった。早いチームと遅いチーム、距離があいて勝負がほぼ決まってくると、負けが決まったチームの走者は走るのを止めてしまったんだ。指導する彼が「最後まで全力で走れ!」と伝えても、走るのを止めてしまった子どもは「もう勝負はついたのに、なぜ走り続ける必要があるのか」という態度なんだ。

 同じようなことは、かけっこでも起こった。スタートライン横一列にならんだ子どもたちが、ヨーイ、ドン、の合図で一斉に走り始める。でも、中には途中で転んでしまう子どももいる。すると、その子は、もうゴールに向かって走るのを止めてしまうんだ。

 「どうやって、全力で最後まで走り切ることを指導したらいいんですかねぇ」と、その悩みを話すボランティアの苦悩を聞いて、ぼくはとっても嬉しくなってしまった。そりゃ、すごく楽しそうな経験をしているねぇ、と拍手喝采したい気分だった。素晴らしい、素晴らしい。

最後まで走り切る?

 ところで、どうしてぼくたちはトップから大きく差が開いてバトンを受け取ったとき、あるいは途中で転んでしまったとき、それでも最後まで一生懸命走るのだろう。あるいは観客としてそんなシーンに出会わせると、走者に向けて大きな拍手を送るのだろう。

 ぼくの世代(1964年、昭和39年生まれ)だと、1984年にロサンゼルスで開催されたオリンピックで、近代オリンピックで初めて女子マラソンが導入されたときのレースを覚えている人もいるだろう。優勝したのはジョーンベノイトという米国の選手だけれど、そのベノイト以上に記憶に多くの人の記憶に残っているのは、ガブリエラアンデルセンというスイスから出場した選手だ。彼女はフラフラの状態で競技場に戻ってきて、倒れそうになりながらも最後は歩くようにしてゴールした。場内は割れるような拍手を彼女に送った。このシーンを探したら、Youtubeですぐにいくつか見つかった、以下は、そのひとつだ。後半にアンデルセンのゴールシーンが登場する。
 別の動画の中で、このときのことを振り返ってアンデルセンは「別のレースであれば途中棄権しただろうけれど、39才で最初で最後のオリンピックだったので、なんとしてもゴールしたかった」と語っている。

  運動会の意義として、日本の教育に馴染んでいる人ならば、「あきらめないで最後まで走る」「クラスカラーのバンドを全員でゴールまでつなぐ」ことによって感じる達成感、満足感や一体感をあげるだろう。
 「困難にくじけない」、「一等だけに価値があるのではない」等々、他にもいろんな表現が可能だろう。そして、それぞれ最もで、日本で教育を受けたぼくにも、そんなマインドは大いに宿っている。もちろん、日本の教育だけではないだろう。多くの社会で「ガンバレ!!」に類した言葉はあるだろうし、「負けずにやり遂げたことで得られた成功談」があるだろう。
 そして、「やり遂げる」「根性」「努力」「達成感」「責任」みたいなものに価値をおくからこそ、アンデルセンの頑張りは多くの人の記憶に残った。

 でも一方で、そんな価値観を学ばないで子どもが育つ社会もある。そんな社会で育った人からの問いがあったとき、どんなふうに答えればいいのだろう。

「なぜ、最後まで走りきらなければならないの?」
「なぜ、競争する必要があるの?」
「成功とは?」

 ぼくには、そんな問に答えきる自身がない。むしろ、「そうだよねぇ」とこっちが宗旨を変えてしまいそうな不確かさや曖昧さを、ぼくは自分の中に抱えているように思う。
 だから、新しい価値観に出会ったボランティアの苦悩をいいなぁと思ったんだ。その後、彼がどのように子どもたちを説得したかを聞いたのか聞かなかったのか、それは覚えていない。今、思い出してみると、あのとき、できれば彼が説得し切れなかったら良かったんじゃないかと思ったりする。

三年寝太郎

 日本に『三年寝太郎』という民話がある。仕事もせずに寝てばかりいた寝太郎は、ついに起き上がると旱魃で苦しむ村に灌漑施設をつくり、村人を救うというような話で、地方によっていくつかのバリエーションがあるようだ。「諦めない」とはちょっとベクトルの違う話だけれど、最終的に大きな成果をもたらす、一種の成功談だ。

 でもこの世界には、寝太郎が起き上がって、大あくびをしてまた寝てしまった、なんて話もあるんじゃないだろうか。きっとあるだろうと、ぼくは想像する。それはそれで、とってもいい話だなぁと思ってる。

 どっちの寝太郎もいるような社会が、楽しいんじゃないだろうか。どっちの寝太郎も、ちゃんとご飯を食べられる社会が、優しいんじゃないだろうか。

 

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