誰もが生きやすい世界のためには「やさしさ」や「思いやり」以前に、「尊厳への理解」を 

川内美彦著『尊厳なきバリアフリー  「心・やさしさ・思いやり」に異議あり!』(現代書館 2021)

ある日の空港で

 ある日、空港であなたが飛行機に乗り込もうとする、と妄想してみてください。すると、搭乗橋の入り口で車イスのおじさんを囲んでなにやらもめているのに気付く。おそらく、あなたはそれを横目にしながら黙って通り過ぎ飛行機に乗り込み、座席につくころには搭乗橋入り口での小さなもめごとのことなど忘れてしまう。

 それでも、中には「あれはなんだったのだろう?」という疑問を持ち続ける人もいるかもしれません。今日のあなたはそんな珍しい人。そんなときには、飛行機のドアが閉まる直前に介助を受けながら搭乗してきたあの車イスのおじさんの席が、あなたの隣だったりする偶然もあるかもしれない。そしたら聞くよね、「なんかあったんですか?」って。

 おじさんが語るのが以下のようなことだったとして、さて、あなたはどう思いますか?

「いや、つまらない話でね。今さっきあなたも通ってきた搭乗橋は、飛行機に向かって少しだけ下り坂になっていたでしょう?私は自分の車イスでドアの前まで来て、そこで機内用車イスに乗り換えることになっていたんですよ。で、ありがたいことにまず障害者優先で私も先に機内乗り込みを案内されたんです。それで、搭乗橋まで来たところでそこにいた係員が「下り傾斜が危険だから車イスは後ろ向きで、スタッフが誘導します」と私に言うのです。あの程度の下り傾斜は日常生活にはあちこちあって、私にとっては危険でもなんでもない。だから、誘導はいりません、ひとりで行けます、と私は答えた。けれども、スタッフは承知してくれないのです。誘導するの一点張りで、通してくれないのですよ。
 危険だからと気をまわしてくれるのはありがたいことです。けれども、危険度は障害によってさまざまだ。しかも障害を持って日々暮らしている私自身が、危険はないと判断して「大丈夫」と言っている。スタッフは私の日々の生活ぶりなど知るはずもない。それなのにスタッフは私自身の判断を尊重してくれないわけです。こちらももういい年の大人です。スタッフに悪気のないのは解るけれど、あまりにマニュアル通りの対応には辟易してしまう。大人だからこそ気をまわして誘導してもらえばいいのかもしれないけれど、でも、私も少々頑固で、それができない。そんなわけで、結局スタッフの上司も出てきてあれやこれやとなってしまったのです。いや、面目ない。」

嫌われ者のバラード

 以上で紹介したのは『尊厳なきバリアフリー 「心・やさしさ・思いやり」に異議あり!』(現代書館 2021)という本で、著者の川内美彦さんが書かれているご自身の体験をもとにして、私(村山)がちらっと脚色したものです。この事例の紹介の後で、川内さんは以下のように書かれています。

「見方によれば、とってもわがままな態度であろう。ただ車いすを彼らに委ねればいいだけの話で、なぜここまで突っ張るのかと思われるかもしれない。私は「まずは本人の意向が第一」という介助の大原則を伝えていないマニュアルの不備、それに気づかずマニュアルが第一と社員に教えている会社の方針に異を唱えたわけだが、その根本には、その背後にある、障害のある人や介助を受ける人に対する捉え方への不信がある。 
 彼らにとって目の前にいるのは個別のニーズを持つ人間ではなく、車いすに座ってひたすらマニュアル通りの介助に従う人間であるべきなのだ。当人を無視して不十分なマニュアルに隷従することが、果たして介助と呼べるものなのだろうか。」(35ページ)

 状況には多少の違いはあれど、私自身も日々の暮らしの中でこの川内さんの飛行場での体験に類似した経験が少なからずあります。私はどちらかというと、まぁいいか、と委ねてしまうほうなんですけれど、でも内心は平穏ではないことはけっこうあるのです。

 ご紹介した川内さんの著作を手に取ったのは、先日の東京滞在中に川内さんの講演を聞く機会があったからでした。公益社団法人全国脊髄損傷者連合会という組織があり、その研修会が埼玉県支部の主催で開かれ、私もそれに参加したのです。
 私は2014年に受傷し1年の病院生活を送った後の数年を、さいたま市の賃貸マンション1階の部屋で暮らしました。その際にこの脊髄損傷者連合会の埼玉支部の皆様と知り合ったのです。それで、久しぶりに彼らに会うことを楽しみに、先日の研修会に顔を出したのです。つまり、私にとっては講演の内容は正直なんでも良かったのでした。

 けれども、研修会の講演、二つあったのですけれど、それはどちらも印象深いものでした。その講師のお一人が、川内美彦さんだったのです。川内さんは1953年生まれで、19歳のときに頚椎損傷を得て車イス生活を始めた、つまり車イス生活の大ベテラン、大先輩です。
 障害者を取り巻く状況は、川内さんの中途障害が始まった半世紀前は現在と比べてより厳しいものであったはずです。そんな大変な時代を、川内さんは大学に進み、自立生活を始め、一級建築士となり、工学博士となり、ユニバーサル・デザイン促進のための国や自治体の各種委員会の委員を歴任なさってきた、つまり時代の目撃者であり、開拓者、実践者でもある。

 講演でも、さらに著書でも、川内さん自身が自らを“偏屈”で“瞬間湯沸かし器”だと表現されています。つまり、川内さんは「大人しくない障害者」なのです。そして、世間は大人しくない障害者、従順でない障害者を嫌う。少なくとも、川内さんはそう思っている。世間的には、彼のような「たとえ親切であろうとも、ダメなものはダメ!」と口にするのは、嫌われ者なのだということです。

 うん、その気持ち、わかるなぁ。そしてね、この半世紀、障害者の生活をより“良く”してきた原動力は、川内さんのような“嫌われ者”だったのです。現在当たり前のようになりつつある公共交通機関のエレベーターやスロープや、さまざまな公的介助支援は、世間や行政機関が積極的に障害者に理解を示してきた結果ではけっしてない。幾多の嫌われ者たちが、それでも不備を訴え、広く文句を表明し、改善を求め、自ら実証してきた。結局、それに多数派がしぶしぶと啓蒙されてきたその結果が今の以前よりもかなりましな世の中なのです。ですから、川内さんもそのお一人である嫌われ者こそが、弱者の権利拡張のためには絶対に必要なのです。
 と書いている私も、川内さんの講演を聞きながら、自分のお気楽で大衆迎合的な部分、つまり嫌われ者になりたくないという部分を、もっと改善(改悪?)しなくてはいけないなぁとつくづく反省的に思ったのでした。

 かなり昔、昭和天皇の戦争責任に関して発言した本島等長崎市市長が、右翼団体幹部から撃たれ重傷を負った事件がありました(1990年のこと)。その際にもその右翼の蛮行をめぐって意見が出たものです。それこそ「民主主義への挑戦だ」から、「そもそもの発言が病床の天皇に対して失礼では」まで。
 その中で私にとって一番共感できた意見は、「天皇の戦争責任を語る人が少ないことがそもそもの問題で、それが本島長崎市長の発言をことさら目立つものとし、だから彼がターゲットとなった」、だから長崎市長に寄り添うのであれば「もっと多くの公人私人が天皇の戦争責任に対して発言するべきなのだ」というものでした。

 それに則れば、もっともっと嫌われ者は増えなければいけないのです。川内さん的な人たちが嫌われ者として突出することがあってはダメだ。嫌われ者が増えれば増えるほど、おそらく世の中はより良い状況に、より早く進むはずです。
 うん、私ももっともっと嫌われ者を目指さなくてはいけない!小心者だけど、もうちょいは頑張ろう、と思うのでした。

正論!!

 が、しかし。嫌われ者ならなんでもいいわけでもありますまい。
 当然ここでの「増えるべき嫌われ者」は、正論を言う人、としてでなければいけません。でなければ、世の中がより良くなるわけでもないのです。

 では、川内さんの正論はなにか。

 彼が訴えていることを私なりに要約すると次のようになります。

 日本社会ではバリアフリーが進み、福祉の街づくりというような試みも多く実践されている。しかしよくよく見てみると、そこでは弱者に対しての強者による「思いやり」や「やさしさ」が重視・強調されている。けれども、大事なのは「思いやり」「やさしさ」ではないはずだ。もっとも大事なのは、人権や尊厳への理解だ。弱者にはやさしい社会でなければいけないからバリアフリーや多様性をいうのではなく、人の尊厳の大事さを理解するからこそ弱者にとっても生きやすい社会(それがバリアフリーを整備し、多様性を謳う本来の目的)が求められている。

 川内さんも、思いやりややさしさの大切さを認めています。けれども、弱者を助けることは「いいこと」ではなく「あたりまえのこと」なんじゃないのか、と川内さんは問う。強者がいいことをすると思って弱者に手を差し伸べたのに、弱者からその支援を断られる。すると支援をほどこそうと思った強者は不愉快になる。せっかく助けてあげようと思ったのに……。それがわかっているから、弱者は強者の支援を断れない。たとえそれが余計なお世話でも、従順に支援されることを演じなければいけない。

 結局それは、尊厳の問題なのよ。そこがわかるかどうか。

 たとえば川内さんが小学校に講演に行く。すると、その学校の校長が「障害者と接することで、子どもたちの思いやりの心が育つ」というようなことを平気で川内さんに言う。俺は思いやりの対象物か、と川内さんはイラつく。思いやりなんかいらないんだよ!まずは人の尊厳とは何かを子どもたちには理解してほしいんだよ!

 ここまで読んで、もう一度、冒頭の空港搭乗橋でのエピソードを思い出してみてください。どう、少しだけ印象が変わりますか? たいした傾斜でもない場所を、後ろ向きでスタッフに誘導される車イス者の気持ちが「尊厳」の問題であることが、少しは伝わるでしょうか?
 そのうえで、以下の川内さんの文章を読むと、さてどうでしょう?川内さんの言いたいこと、伝わる? そして、それを尊重できる? それとも、やっぱり少々気難しいおじさんだなぁと思う?

「権利の視点からすれば、社会参加と寛容さは関係しない。権利を実現するのに寛容さが必要だとすると、障害のある人が社会参加をする権利は、社会側(村山注 健常者側とか多数者側とも)の気持ち次第でどうにでもなるということになってしまう。」(42ページ)

「障害のある人が他の客と同じように買い物ができるようにすることを、「やさしさ」や「思いやり」の視点で考えると、権利条約(村山注 2006年に国連が採択し、2014年には日本政府も批准した「障害のある人の権利に関する条約」のこと)の考え方を見誤ることになる。「やさしさ」や「思いやり」は店側の心情であり、一方で権利としての「他の者との平等」な買い物とは、店側の心情とは関係のない、店側がどう思っていようが実現されるべきものなのである。」(56ページ)

尊厳は誰かが授けるものに非ず、は多様性社会でもキーワードになるんじゃない?

 川内さんの視野は、車イス者だけではなくすべての弱者に及びます。たとえば多目的トイレ。車イス者の間では、「障害を持たないように見える人が、多目的トイレを長時間使う」ことに対する不満を数多く聞きます。あるいは障害者用駐車スペース。あそこも「障害者以外の人が駐車するので、障害者が使えない」という声は多い。けれども川内さんは、「外見上はわからなくても、それぞれの人にそれを使う理由があるんじゃないだろうか」と考えます。
 例えば、トランスジェンダーの人にとっては男性用・女性用とはっきり分かれているトイレよりも多目的トイレのほうが入りやすいという事情だってある。それはそれで、ひとつの尊重すべき理由ではないかと川内さんは考えるのです。あるいは、健常者だって、体調が悪ければ多目的トイレで一息ついたり、トイレに近くてたまたま空いていた障害者用スペースに駐車してもいいんじゃないのと考える。
 それぞれの個々の事情は本人しかわからない。「あれもこれも各自の判断であり、互いにそれを尊重すべきだと思う」(28ページ)。この点では、寛容を説く。うん、それ大事なことだと私も思う。
 一方で、川内さんが力説しているのは「弱者・少数者の持つ権利・尊厳」は強者・多数者の寛容によって維持・尊重されるものではないということです。多数者が「よろしい、貴殿にその権利を与えてつかわす」と許可してようやく達成されるものではないということです。この点では、寛容なんか糞くらえ!誰があんたの寛容を求めたか??ということになる。

 これ、たとえば日本社会に外国から参入してくる海外からの越境者の権利・尊厳の問題を考えるときにとっても重要なんじゃないかな。彼らの権利や尊厳は、もともとの先住民?である「日本国民」の寛容によって与えられるものではない、ってことです。尊厳とは、もはや個々の人にとってより根源的・原初的なものであって、誰かにお許しを伺って与えられる種類のものではないってこと。とすれば、たとえば投票権などの参政権はどうでしょう? 社会福祉・社会保障を受ける権利は? 
 いやいや、それはあまりにきれいごと? でも正論はどこにある? 

 川内さん、ありがとう。もっともっと勉強しなくちゃって、改めて思ってます。

1件のコメント

『その通りだ!!』と思いながらつくづく拝読しました。
『多数者に対して少数者も対等、言葉は適切でないかも知れないが強者に対して弱者も対等、健常者に対して障がい者も対等であるという認識、即ちそれは議論を待つことなく”人間としての尊厳”の地平に立って対等でなければならない。
 文中にあった小学校の校長さんのオハナシは文化を次代に引き継ぐことを仕事とする人としてちょっと恥ずかしかよ。呆け爺でも『それはあかん』と思います。
 我が家人は視力障がい者の公教育に携わ、退職後も視力障がい者としての個人や団体とかかわりを持ってきました。認識不足でボケ至極の爺さんは度々、使う言葉などに注意されます。
 明日から一層想いを新たにして生きたいと思います。貴重なお話しをありがとうございました。

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