寂れた村の学校で、彼女は二〇年以上にわたって教えた。生徒の中には大学に進学した者もいて、その中の一人はなんと米国に留学した。それは彼女の大きな誇りとなった。(中略)公式書類では、金風は地元の資金で運営される非政府の教師でしかなかった。(中略)二二年間勤続した「臨時教師」は解雇された。補償金はわずかだったが、金風は不服を言わなかった。当然のことだとさえ感じた。「新しい先生は若く、いい教育を受けています。だから本当に私には資格がないんですよ」 (『禁城 死の沈黙の武漢で本当に起きたこと』ムロン・シェツン著 森孝夫訳 飛鳥新書2023 68ページ 点字強調はこのブログ筆者村山による)
本の中で、その後都市(武漢)に出て病院の清掃作業者として働く金風さんは、コロナ禍に翻弄され、夫もコロナで奪われ…、ということが書かれます。でもそれは、また別の話としましょう、今回は。
途上国の教育開発支援に関わって30年!
私は20代後半から途上国の教育開発支援を“食い扶持”、つまり職業、としてきました。教育開発といってもいろいろですけれど、私が関わってきたのは主に現職教員の質向上でした。現職教員とっても新しい教員養成の場の現職教官たちの研修にもかかわりましたから、そこは教員養成の質向上につながっていたともいえます。
つまり、先生たちの質向上を通して、学校教育の質向上を目指したのです。
20世紀終盤には、旧来の教育法として「先生中心の授業」があって、もうそれじゃダメなんだということは広く世界の“常識”になっていました。生徒が受け身となって先生から知識を伝えられるというスタイルでは、子どもたちの主体性は育たない。そして、それに代わって「生徒中心の学習」「学習者中心の学習」が求められていたのです。人類の歴史の中で、次なるステージはこれまで以上に変化の激しい社会がやってくる(ホントか?)。そして、そこでは人々は答えのない問題に直面する(ホントにか?)。それに対応する力を育成するための教育が求められている。そんなことが、あちこちでいわれていましたし、21世紀に入って四半世紀経った現在でも、「生徒中心」「学習者中心」の教育スタイルの模索は続いています。
日本でも、文科省が「主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善」を唱えています。それが未来を担う子どもたちの「生きる力」を育むのだ、ということです。
人生の浪費でない学校での教室を
というなんとなくお堅い言葉の羅列はさておき。
私も、途上国の授業を見ていて「つまらないなぁ」と思うことは少なからずありました。単に授業内容を繰り返し言葉にすることで覚えるような授業。はたから見ていて授業内容が不明確であったのに、先生の「わかりましたか?」という問いかけに「はい、わかりました」と言わされているような授業。「アンモニアは臭い」「刺激臭をもつ」と言葉だけで伝えられアンモニアの匂いを一切嗅ぐ機会もないまま NH3 という分子式だけを覚えさせられるような授業。教室全員の生徒が同じ意見を持つことが望まれているように思えるような単に教訓臭いだけの授業。算数の計算方法を正確に伝えられないまま(私にはその計算式をやらせる意図がわからないような)計算式をいい加減に練習させられているような授業。
学校教育は、強制的なモノです。子どもたちは、彼ら自身の好き嫌いにかかわらず、学校に通うことが求めらる。「教育」への過剰な信仰があるようにも思える保護者たちも、ときには自ら海外へ出稼ぎして、子どもがより高いレベルの学校教育を受けるために苦労を厭わない。
その学校で、人生を浪費するかのような時間を過ごさせるような授業ってのは、もう「本当にやめて欲しい」と思ったりすることは、私には何度もあった。
学校教育の目的は、単純に書けば国民の創生です。さらに国際援助の文脈でいえば、国家の経済発展に寄与する国民の生産が求められている。国家予算投入には見合った成果を、と。
もともと、近代学校教育とは男性を役人や軍人に仕上げるために始まったモノです。女性には教育など必要ないという時代もつい最近まであった(私は自分の同世代で、女のくせに大学に行きやがってと言われた日本国の女性を知っています)。女性の教育は、今だって国家の非常時には男性に代わって生産する人材育成、国家が安泰であれば伝統的な家庭を維持し守り子を産む人材育成だったりしないか。
これらの思想は、今でも学校教育の中に静かに巣食っている面はあります。軍事訓練がカリキュラムに入ってる国もあるし、女性が学校に通うことを禁止する国だってあるわけですから。
そして、学校教育のもうひとつの大きな役割は人材の取捨選択です。国家によって役立つよりよい人材を選ぶ機能です。学校教育の中には、資格試験や選抜試験というものが必ず設定されています。そして、学校教育に参加する(させられる)以上、子どもたちは否応なくこの選抜機能に勝ち残るための努力を強いられてしまう。学校だけで足りないなら、塾にも通う。金もつぎ込むわけで、つぎ込める者と払えない者で、そりゃ差もつく。世界中、10代の子どもたちの多くの時間はこの競争に費やされる。その時間を侵食するゲームや携帯電話やSNSは、子どもの勝ち残りに期待する親からすれば憎い存在でもあるわけです。
そして、競争には勝者があれば必ず敗者も生まれる。敗者復活の道は、どの社会も簡単じゃない。でも、冷静に考えれば、勝者も敗者も、人としてはどれほどの違いなの? それほど変わらないじゃない。でも、生涯年収、つまり国家の経済生産への貢献力、だけは違うのよね。あと老後の蓄えも。やだなぁ~、やだやだ。そういうものを生産し続けるのが学校教育だとしたら、なんともさびしいのですよぉ。
国家が運営するものである以上、学校教育はどうしたってこういうエグイ部分を持っている。それは実は多くの人たちが密かに気がついていることでもある。それでも、学校教育を否定して生きることはとても高いエネルギーが必要です。だから、ほとんどの人たちが学校教育に身を沈める。子どもたちをその沼に投げ込むと、安心する。
そして、途上国であればあるほど、教育信仰は高い。
20世紀後半から21世紀初頭を生きたドーアという英国の社会学者が1970年ごろに出版した『学歴社会 新しい文明病』という歴史的名著でズパッと指摘したように、経済発展の後発国であればあるほど学歴がモノをいう社会になりがちなのです。そこでは、教育の内容よりも成果としての資格(卒業証明書とか免許証という資格……いわゆるサティフィケイト)が大事になります。勉強の中身なんか、どうでもいいのよ。中身すっからかんでも、資格をとれば、よし。
そして、私(たち)のような途上国での教育支援者は、そんな途上国の教育熱に油を注いだりしながら、食っている? そういう面、やっぱりあると思うよね。なかには、教育支援に対してい生き甲斐として依存しちゃったりもしてね。子どもへの支援は、中毒性のようなものがあるみたい。支援することが、自分探しの中で依存(それなしではいられないというよな)に繋がっていくことには、自覚的でありたい。支援者として、支援活動への依存には陥るべきではないでしょう。
(ちなみにドーアは、上記の本の中で「自己実現的なやりがいの高い仕事は、そこですでに自己実現という報酬を得ているのだから、金銭的収入は低くていいはずだ。誰もがやりたがらない、でも社会に必要な仕事、たとえばゴミ収集の仕事、のようなものは高収入とする。つまり高学歴な人ほど給与は低く(自己実現しやすいのだから)、低学歴で高いスキルは必要ない社会に必須な仕事ほど高収入を与えるのがよろしい」と唱えています。それだけが、学歴社会、サティフィケイト信仰への対抗策だと。私は彼の主張に強い感銘を覚えたのです。余計に、金が稼ぎにくいメンタリティに陥っているような気がするなぁ。香港で冷やかしで入った手相占い師に「一生懸命働いていれば、お金に困ることはないけれど、大金持ちにはなれない」と言われたのも、まんざらはずれていないような・・・・)
そして、そういう学校教育のきな臭さを知りつつ、それでもその質改善の支援をしてきた私の“言い訳/エクスキューズ”は、せめて授業の時間、机に座っている子どもたちが“無益な時間を過ごす”ことをなくしたい、というような思いでした。卒業後の経済貢献なんか、プロジェクトの計画書では触れるけれど、まぁそんなの予算をもらう方便みたいなもんだったのよ。そもそも基礎教育の段階で、経済発展に寄与する人材の育成もなにもないもんだ、と私は思ってた。それでいえば、人権として教育の意義を語る方が、私は好き。ま、蓋をあければどっちもどっちなんですけれどね。
その点で、生徒の学習を受け身(先生中心)から主体的(生徒中心)に変えようという潮流は、まぁ乗れるものでした。そういうベクトルで支援もしてきたのです。
それでも、葛藤は多々ありました(あります)。例えば、一見教師中心でも、良いなぁと思う授業ってあるんです。そういえば、自分も中学や高校のとき面白かった授業って、先生の語り口だったりした。先生の豊潤な知識をバックに語られる様々な事象、そして私たち生徒に投げかけられる興味深い質問、先生の語りを必死に聞いて、そして必死に考えた。そういう授業ってあったし、途上国の学校教育の中でも見ることあります。
それに対して、生徒中心を語りつつ、先生が生徒の学びの過程に対する知識や技術が未消化なままスタイルだけが先行するような授業も多々見てきました。グループ活動をすれば、生徒中心で良い授業? でもそのグループ活動では、いわゆる良い子のみが活躍し、出来のよくない生徒たちは傍観している。そんなことも、よくあったりするのです。
良い教師中心授業と、悪い生徒中心授業と、どちらを我が子に受けてもらいたいかとなれば、当然前者なわけです。良い教師中心型授業をなさっている先生に、あえて無理して生徒中心授業を取り入れてもらうのが良いのか、悪いのか? 先生の長口上に、それでも楽しそうに耳を傾ける生徒の方が、グループ活動で傍観者となっている生徒より、楽しく充実した時間を過ごしているのです。
それでも、大きな潮流として生徒中心を目指すことは、きっとよい、という予感はやっぱりありました(あります)。だから、(仕事として選択した現実もあって)仕事をしてきたのです。そして、私は、自分のやってる仕事、好きだったんですよ。やりがい、感じてた(てる)。
変わり続けることを求められる教師、いや頭が下がるのです
支援者である私は、ある時期をある国で数年すごし、去っていく。
学校現場で教師という仕事をしている方々は、数十年をそこで過ごし続ける。そしてそこに常に新たな思想が流入してくる。
カンボジアでは、ポルポト時代後に学校教育を再建する際には、「教えられたように教えられる人材」が求められました。実際、「教わったことを、次の世代に教えよう」は、当時のカンボジア教育界の掛け声だったのです。ところが、しばらくすると、教えられたように教えているのではダメだ、ということになる。つまり、生徒に暗記させて試験をパスさせるだけの授業では不十分だと言われたのです。
そして、海外支援組織(そして支援者が)あれこれ持ち込む。
生徒中心、学習者中心、アクティブラーニング、総合的な学習、探求型授業、プロジェクト型授業、PDS(Plan-Do-See)、さらにはPDCA(Plan-Do-Check₋Action)、さらにさらにSTPD(See-Think-Plan-Do)、問題発見・解決能力、情報活用能力、OHP(Overhead Projector、今や過去のもの?)や液晶プロジェクターの活用、パソコンやタブレットを使った授業、さらにコロナ禍が要求したリモート授業、ITリタラシー、AIの活用、さまざまな理科実験器具とその活用(例えば顕微鏡も、今や携帯にアタッチするものがカンボジアにも紹介されています)、保健体育や芸術・音楽などこれまでなかった科目、nadonadonadonado、 この潮流は今後も変わることはないでしょう。
中には、先進国の教育界でも達成できていないことまで、理想論込みで持ち込まれたりする。いや、その心意気や良し、ってこともあるんだけれど。yareyareyareyare。
最近、今自分が関わっている草の根協力KICCプロジェクトのブログでも「先生は学び続ける職業」と題した文章をカンボジアの先生向けに書きました。まさに、上記のような“新しい”スキルを学び続けなければいけない、というのが学校教育の教師という職業なのだと。ちょっと偉そうで、心乱れる。
書きながら、一方で「これはいったいどういうことなのかしら?」と思うのです。いや、新しい技術や思想を否定するつもりはないのです。けれども、新しいモノ以前の教育、旧態依然といわれるモノ、それらは本当に不十分で改良が絶対に必要で、そして新しい教育観からすれば否定されちゃうようなモノなんだろうか。
たとえば、私がドキドキワクワクしながら学んだ高校時代の地理、サワタリ先生の授業は、もはやダメな授業なのだろうか。面白かったけれどなぁ。私が地理得意(それはおそらく試験でいい結果をとるという意味でなくね)になったのは、サワタリ先生中心授業のおかげでもあったはずなんだけれど。
私、SDGsという掛け声は、海外援助産業の生き残り戦略という面もあるという意地悪な見方をしていて、それをときどき口にしたりもしています。けれども、教育の新しい技法も、実はそういうことなんじゃない? パソコン・タブレットの普及も、実はそういう業界がガンガン潤う。しかも、ああいうのの使用寿命はけして長くない。一度そういう流れが生まれれば、もう引き返せない。パソコン・タブレット業界にとって、学校教育は文字通り宝の山なのです。そしてそこから波及する“経済効果”ってのもある。やっぱりどこか腐臭が漂ってきている? いや、儲けることを否定するわけではない。せめて、儲けた分はしっかり再配分してよね、とおもったりするけど、これはまた別の話。
とにかく、過去の(今から見れば物足りない)教育の成果品としての私、私の友人知人ら、は、やっぱり現代からみれば物足りない成果品だったのだろうか? 新しい教育を受けた若い世代は、私たちよりもよりよい成果品なのだろうか。そもそも、こういう問いの立て方が、教育をある成果を導き出す道具としてとらえている私のドグマだろうか。
学校教育からは距離をとっていくのでしょう、知らんけど
とにかく、今は偉そうに支援・指導する側に身を置いている私も、学校教育の成果品なのです。過去の教育を反省的に見ることを唱えている私自身の主体性はどうやって身についてきたものだんだろう? 学校教育が身につけさせてくれたのか? 正直にいうと、よくわからないのです。そりゃ、私が受けた教育と今の教育とは違って当然です。ITリタラシー、AI活用、とうぜん学ぶべき事項です。
携帯電話やタブレットの活用においては、今の子どもたちはすごいです。私の甥っ子はほぼ全く紙の本を読みません。さまざまな知識はYouTubeで得ていると語っています。そうなんだぁ。それを心配してもしょうがないよね。
先日発表された2022年実施のPISA(OECD/先進国経済協力開発機構が実施する15歳での国際比較試験)では、「日本は課題とされていた「読解力」が大幅に改善し、すべての分野で平均得点や順位が上昇して世界トップレベルとなりました。文部科学省は、コロナ禍での休校期間が他国に比べて短かったことや、学校現場の取り組みなどが影響したとみています」ということですから、良かったですよね。多くの方々の努力のたまものでしょう。
先日、神戸の小学校を訪ねたカンボジアの先生たちのコメントをちょっと紹介すると。
-日本の教育の主な目的は、子供たちが知識、技能を身につけ、他人とともに生きること
を中心としている。この目標を達成するには、子どもたちが主体的に、対話的に、深く学
ぶことを促す授業計画を立てる必要がある。
-日本の学校では、科目にかかわらず一般的にアクティブラーニングという授業されている(主体的、対話的、深い学び)。
-日本の教師は生徒を励まし、楽しい雰囲気を作り出す方法を持って、生徒はカンボジアの生徒よりも積極的だ。
だから、明日のカンボジアの学校教育を変えていこう、と彼ら/彼女らは思ってくれているわけです。その思いは尊い。応援したい。彼らの思いが何を生んでいくのか、見てみたい。
一方で、自分の心の深いところで、きっと私の気持ちは学校教育から離れつつある。遠くからオフコースの歌(「秋の気配」)が響いている……
こんなことはいままでなかった ぼくがあなたからはなれていく
どんな教育であろうと、それを受ける子どもたちひとりひとりの個性があって、その個性が先なのか、教育が先なのか・・・・まぁ、いろいろ議論はあるわけですが、結論が出る種類のものじゃない。
同じ機会を与えても、当然、結果は同じではない。「機会の平等」だけじゃ、ダメよ、って、特に障害世界に参入してから、強く思う。学校教育が「機会の平等」だけの場になってしまってはダメだと強く思う。機会の平等以外にも、弱者への配慮は社会に必須です。それを学校では実感してほしい。でも、そういうことは支援としては実を結ばない。およびでない。つまり、学校教育に参入する以上、学校教育が数百年育んできた国家の罠からは逃げるのは、いや、本当に大変なんよ。
学校教育は、私にとってはもはや限界をさらけ出している。経済発展の道具、サティフィケイトコレクターの再生産、そういう役割から逃げきれない。それを変えることに、私自身は自分のエネルギーは使わないでいいかなと思い始めている(そして、国際協力の大きな潮力は、そういう学校教育のよろしくない面をむしろ促進している、だって、国際協力も商売だから)。やる人、で、どうぞやってください、って。
学校教育、どれほどのもんよ。いや、大事だよ。だから、学校教育の応援、改善に取り組んでいる人たち、その前線に立つ先生たち、応援する。心から、がんばってと。より良い方向を目指して欲しい。
でもね、私は、降りていくと思う。食い扶持として懸命に走ってきた道だったけれど、収入源としての役割から自由になってみると余計に、そろそろ自分をごまかせない。国家のための人材を作ることからは、離れてもいいかな。子どもたちの幸せを思ってる。これからも教育からは下りない。他にやれることもあんまりないし。
でも、学校教育には、だんだんとバイバイ。距離をおく。そう、俺も、変わり続けなくちゃね。
年齢的にも引退の60歳だしなぁ、新年は。どうしたっておりていくのよ。そういうことです。

















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