病気のある生活

ケニア西部、キスムの町郊外で。広がるのはビクトリア湖。浅場には住血吸虫という寄生生物がいるので、遊泳には適さない。リュックを背負って背中を向けているのは、私を訪ねてくれた友人Y。 1992年。

ケニア帰国後に日本でもマラリア発症!

 ケニアでの2年間の理数科教師ボランティアを終えて1992年末に帰国したぼくは、1年半以上経ってからマラリアを発症した。ほぼ1日おきに40度以上の熱がでる、典型的な3日熱マラリアの症状だった(48時間おきに熱が上がるなら、2日熱マラリアのような気がするんだけれど、病名は3日熱なのが不思議だ)。当時、名古屋大学の大学院生だったぼくが最初に行った病院では「原因不明」と言われ、2つめの病院の血液検査でマラリアと診断されたけれど「治療薬がない」。ようやく治療薬がある病院が名古屋市内で見つかって、ぼくは「伝染病棟」に一週間ほど隔離された。

 ケニアの青年海外協力隊の中では「マラリアに罹って、ようやく一人前」と言われるような(よろしくない)雰囲気があった。ケニアの事務所では「活動中に3回マラリアに感染したら、強制帰国」というお達しを出して、ボランティアのマラリア感染への注意喚起に躍起だったけれど、首都ナイロビから遠い地域にいる隊員のなかには、マラリアを発症しても事務所には知らせない人もいた。そりゃそうだよね、強制帰国されるなんて言われたら、報告しなくなるのももっともだ。
(ぼくの滞在中、ひとりのボランティアが脳性マラリアと診断され、事務所スタッフにつきそわれて帰国した、なんてこともあった。報告しないというのは、ときに危険なことだ。)
 当時のケニアでは、高い熱が出て町の病院に行けば必ず血液検査をされた。赤血球内にマラリア原虫がいないか見るんだ。原虫といっても、昆虫とはまったく違う。赤血球の中に入り込むぐらいだからかなり小さい。アメーバやゾウリムシといった原生生物の仲間で、菌類でもなければ、動物界でも植物界でもない。ハマダラカという蚊が媒介する寄生生物で、蚊にさされないのが予防法なんだけれど、これがなかなか難しい。ぼくも2年間で数回発症した。
 高い熱が出るときにものすごい寒気がする。体温は40度を超えていくのに、毛布を何枚被っても、寒い。熱が上がるときに歯が噛み合わないほど身体が震えるというのを経験したときは、ちょっと感動した。熱が上がりきってしまうと、寒気はなくなって、とにかく高熱に耐えるという時間が続く。
 原虫の種類によって、3日熱マラリア、4日熱マラリア、卵型マラリア、熱帯性マラリアのいくつかに分類されているけれど、特に怖いのが熱帯性マラリアだ。ケニアでも、この熱帯性マラリアが多かった気がする。熱帯性マラリアは発熱頻度は不定形で、貧血や呼吸困難などの合併症を起こすことがある。特に脳性マラリアと呼ばれる症状は、意識障害などが起こる危険な状況だ。
 ぼくが働いていたクウィセロ中学校の若い教員がマラリア持ちで、ときどき発作を起こして暴れだした。冗談好きの温厚な彼が、白目を向いて暴れると、同僚が数人がかかりで取り押さえて落ち着かせる。なかなかシリアスな状況だった。生徒たちにも、マラリアが出てガタガタ震える子がたまにいた。ちょっとした熱なら、血液検査なしでマラリア薬を服用するのも普通のことだった。
 身近に大人が亡くなった例はなかったけれど、村ではときどき幼い子どもがマラリアで亡くなることがあった。実際、本当にマラリアだったのかどうかはよくわからないこともあったけれど、高熱が出て亡くなれば、だいたいそれはマラリアとされているようだった。子どもの棺は小さくて、家族の悲しみはそれに反比例して大きいように思えた。

 ケニアに行く前、ぼくはよく献血をしていた。帰国後、献血しようとしてもマラリア感染歴があることを伝えると、血をとってくれないのがちょっと寂しい。

自分の身体に耳を澄ます

 途上国の生活で、やはり心配なのは病気だろう。仕事で海外に行って、熱を出して仕事にならないではどうしようもない。それに、日本の医療なら対応可能なことが、途上国の、特に地方では命取りになりかねない。そんなところで働く以上、やはり自分の体調には気をつかう気持ちが強く働く。大事なのは、とにかく疲れをためないことだ。
 ケニアでマラリアを発症したのは、いつも無理していたときだった。睡眠不足が続いて疲れが溜まっていると、その疲れをマラリアは逃さず突いてきた。つまり、体調が良ければマラリア原虫が身体に入っても、発症しないのじゃないかと思う。身体がマラリアに勝つ、という状態を維持するのが大事だとケニアの経験から強く思う。
 自分の身体に耳を澄ませる。疲れが溜まっていると感じたら、とにかく身体を休める。そんな習慣が、いい仕事をするには欠かせない。

 そんなわけで、幸いその後はマラリアは治まっている。最後の発症からもう25年以上経っているので、さすがにもうマラリア原虫が肝臓の奥深くで眠っているということはないだろう。それでも、マラリアのせいかどうかはわからないけれど、ぼくは熱が出るとかなり高くなる。39度じゃ、特に驚かない。熱が出た後のシナリオもだいたい決まっているので、特に慌てることなく、そのシナリオに乗っかる。たとえば、パナドリンという熱冷ましを飲んで、汗をかいて、水をたっぷり飲んで。数日で熱は下がる。
 昨年の12月には、寒さにおどろいてやはり高熱がでたけれど、「いつもの熱」と同じ症状だったのでコロナ感染を疑うこともしなかった。あんまり慢心してはいけないなと思いつつ、PCR検査を受けることもなく対応した。
 最近の熱は、だいたい尿路感染系だ。カテーテルを使って排尿しているので、そこからバイキンが入る。体調がよければ問題ないけれど、やはり疲れが溜まると、やられてしまうんだなぁ。

夜中にのたうち回った痛みをもたらした、
美しいシュウ酸カルシウム結晶

 病気で忘れられないのは、カンボジアで尿道結石の痛みが出たときのこと。夜中、確か2時頃に経験したことのない背中の痛みが出た。あのときは痛かった。ベッドの上を転げ回るような痛み。それが短い周期で襲ってくる。ぼくは借家に一人住まいだった。
 どうしよう、誰かに電話をかけて病院に連れて行ってもらおうか?迷いながら、でも決断できない。痛みが少し弱まると、とにかく朝まで待とうと思うし、痛みが襲ってくると、やはり助けを呼ぼうかと思う。そんなことが何回も繰り返して…。朝になれば、運転手として雇っているラタナックが来る。とにかく、それを待った。あの夜はしんどかったなぁ。

 やがて外が明るくなり、ようやくラタナックがやってきて、すぐに病院に連れて行ってもらった。半日点滴を受けて、痛みが引き、午後からは仕事にでたはずだ。確か、その夕刻、トイレでおしっこをしていたら、なにか異物が尿道から出た!という感じがした。小便器の底をよーく探してみると、その異物らしいもの、ごくごく小さい欠片のようなもの、がキラキラと光っている。それを慎重に採取して、実体顕微鏡で観察してみる。なにせ、職場が理科室なので、そういう備品には困らないんだ。
 それは、まさになにかの成長した結晶、おそらくシュウ酸カルシウム、だろう。四方にいくつかの尖った形状を突き出したそれは、ピカピカと光って、自分の体内から出てきたと思うとなかなかの感激だ。この数ミリのトゲトゲ物体が、昨夜の激痛の素だと思うと、なおさら感慨深かった。
 理科室を出入りするカンボジアの教官たちに、「見てご覧よー」と声をかける。興味を持って覗き込む彼らに、その物体の出処を説明すると、みんな「へぇー」と感心してくれるのだけれど、すぐに興味を失って背中を向けてしまう。「こんなにきれいなのになぁ」とぼくはまた覗きこむ。そして新たにやってきたスタッフに、「見てご覧よー」。
 さいわい、尿道結石で痛みが出たのも、あの夜だけで、その後は起こっていない。

デング熱とか、狂犬病とか

 自分の周りでは、同僚たちがいろいろと発病している。カンボジアのプロジェクトでは、日本人スタッフ数名がデング熱にやられた。デング熱はウィルスによるもので、やはり蚊が媒介する。人→蚊→人、という感染経路になるので、つまり同じ職場でデング熱が出たら、自分も感染している可能性は高くなる。
 カンボジアのODA実施事務所では、デング熱に感染した日本人は、たいてい隣国タイの首都バンコクの病院に搬送していた。万が一重症化した場合、カンボジアの医療体制では不安があるという判断だ。
 そのバンコクの搬送先の病院が、かなり豪華だったというのが、多くのデング熱発症者の証言だ。病院食にメニューがあって、日本食も選べるのだそうだ。だから、デング熱に感染してバンコク送りになると、意地悪い日本人同僚たち(ぼくも含む)は「いいなぁ」なんて羨ましがった。
 デング熱も高熱が出て、なかなかしんどい病気だ。カンボジアでもデング熱で亡くなる子どもは少なくない。ぼくはまだかかったことはないけれど、これからまだ長期でカンボジアで暮らす予定なので、気をつけなくちゃいけないなぁ。おそらく、これも疲れをためないのが一番の特効薬だと思う。

 カンボジアでは狂犬病もある。日本からのボランティがひとりが地方で子犬に噛まれた。その子犬がその後すぐに死んだ。不安になったボランティアは、その子犬の死体を持ってプノンペンにやってきて事務所に報告した。なんと、その子犬から狂犬病ウィルスが見つかったんだ。そのとき、ボランティアはすでに自分の活動場所にもどるバスの中だった。携帯電話に連絡を受けたその人は、すぐにプノンペンに舞い戻り、狂犬病ワクチンの複数回接種を行ったと聞いた。狂犬病は発病してしまえば、100%死亡するという。よくぞ、死んだ子犬をプノンペンまで持ち込んだなぁと、心から感心する。
 そんなこともあるんだなぁと、ちょっと自分の心を引き締めたんだ。

土地の水に馴れるも、醍醐味のひとつ

 「日本なら治療可能なのに」ということを思うと、医療体制が整っていない場所に出ていくというのは、ちょっと勇気がいる。
 たとえば、海外に出て、氷の入った飲み物(氷が生水から作られているかもしれない)、屋台の食べ物(衛生上不安)などなど、警戒心を高めて口にしない、という人がいる。中には、シャワーを浴びるときに、その水を口の中に含まないように注意している、という人もいる。 
 確かに、短期の旅行や視察で病気になってしまったら、日程に大きく影響する。だから、とことん気をつけるというのも理解できる。

 一方で、あんまり神経質になってもなぁという思いもぼくにはある。初めての土地にいけば、軽い下痢ぐらいは当たり前ぐらいの気持ちのほうが、よりその土地を楽しめるんじゃないのかな。せっかくの地元自慢の屋台料理にも手を出せないなんて、もったいないなぁと思う。
 もちろん、人それぞれの体調管理の仕方がある。それを周りがとやかくいうのも避けるべきだ。ぼくが他人を「もったいないなぁ」なんて評するのだって、よろしくない。
 ちなみに暑いところでは、ビールに氷をいれるのもそれほど珍しいことじゃない。日本の飲み屋でやったら、顰蹙(ひんしゅく)だよね。でも、氷を淹れてキンキンに冷えたビールも美味しいですよ。縁があったら、どこかの熱帯の夜、恐れずチャレンジしてみて下さい。一度下痢して、それでも試して、やがて身体が馴れていく。それも海外にいくひとつの醍醐味でもあります。