『カンボジアの胡椒と その周辺の物語』連載第21回 海南チキンライス その1
祖父が入植した地、スラエオンバルで胡椒を作りを引き継いでいるティさんのことを前回まで数回にわけて書いてきました。(前回の投稿には、以下からとべます) 2017年師走、おぉ、あれからもう3年も経っているのだなぁ、に、私は...
胡椒祖父が入植した地、スラエオンバルで胡椒を作りを引き継いでいるティさんのことを前回まで数回にわけて書いてきました。(前回の投稿には、以下からとべます) 2017年師走、おぉ、あれからもう3年も経っているのだなぁ、に、私は...
理科教育12月20日の投稿で、フィリピンの南端、ミンダナオ島ダバオ市の教育事務所で働いていたときに起こった、サイエンスガーデンについて書きました。日本に短期研修にいった我がボス、ミセスバルデラマがダバオ周辺の中学校に導入しよう...
海外開発支援きっと君はこない ひとりきりのクリスマスイブ サイレントナイト ホーリーナイト (山下達郎 Melodies より) ノートにボールペン、ロゴ入りのカバン、さらにはTシャツ、ポロシャツ 初めて途上国での現職教員研修に...
胡椒聖なる白い牛に叱られて、賭博や酒・タバコから離れたティさんは、農園での仕事に熱心に取り組んだ。聖なる白い牛伝説は、カンボジアに伝わるもので、その牛に夢で打たれたティさんの心はカンボジアの人のものだ。海南島から渡ってきた...
海外開発支援スポンサー中心主義でスタートした国際開発援助 参加型開発という言葉が、国際援助、国際開発支援で使われるようになったのは、20世紀の後半、何時ごろなのだろうか。ぼく自身の感覚では、2000年に知っている人は知っている(ぼ...
障害・車イス・脊髄損傷多くの脊髄損傷者が持っている疼痛 2014年8月、今から6年ちょっと前、アフリカの最深部キブ湖南端のルワンダ側、というような場所で助手席に座っていた車がコケて谷に転がってしまったことで負った胸椎6番での脊髄損傷。ぼくは...
理科教育中等部部長の日本での短期研修の成果 フィリピン南端、ミンダナオ島最大の都市ダバオ市の地方教育事務所でODA理数科教育支援プロジェクトの一員として働いていたときのこと(このときのプロジェクトでは、ダバオ以外に、中部パナイ...
胡椒スラエオンバルの町の近くで胡椒農場を統括する頭領のティさん。彼が11才のときにポルポト時代が終わった。ティさんは、学校にはほとんど行かずに、父親の仕事を手伝うようになる。そんなティさんにも、冒険の青春時代があった。 前...
海外開発支援自由民主党のコマになるのか? 20代後半で、ODAによるボランティア活動に参加しようとしたとき。 ぼくのその2年間の使い方に反対するある人から言われた。 「君が日ごろから反対している自由民主党のコマとなるのか?」 確...
海外開発支援まずはカンボジア独立以後の現代史おさらい 1953年 フランスから独立 ノロドムシハヌーク殿下による統治。外交は中立政策をとり、隣国ベトナムでの紛争から距離を取ろうとする。ただ、中立、つまり米国からも距離を取ることが、北...
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