連載『世界は開いているから仕方がない』   全国脊髄損傷者連合会発行 脊損ニュース 2022年10月号・11月号・12月号

こちらも2018年カナダで。私は足がまったく動きませんし感覚もありません。それでも手動でブレーキとアクセルを操作する器具を使って車の運転も一応可能です。クラッチは切れないので、オートマチック車に限られますけれど。でも、もう数年運転からは遠ざかっています。やっぱり疲れるんですよねぇ。事故も怖いしなぁ。

 事故等で脊髄を損傷する人は、日本では年間5千人程度と聞いたことがあります。けして少ない数ではありません。そんな脊損者たちへの情報提供、福利厚生向上、バリアフリー推進、各省庁交渉及び民間企業等への要請活動などを行う組織に、全国脊髄損傷者連合会(公益社団法人)があります。

(公社)全国脊髄損傷者連合会のホームページへようこそ! (zensekiren.jp)

 ご縁があって、私はこの全脊連の埼玉県支部の会員です。そして、2021年3月からこの全脊連が毎月発行している【脊損ニュース】という会報誌に『世界は開いているから仕方がない』というタイトルで連載を書いています。今月で連載開始からちょうど2年(全24回)が経ちました。備忘録として、当ブログにその連載記事を順次掲載いたします(全脊連からは、快く了解をいただきました)。今回は連載第19回から第21回までです。

連載第19回 (2022年10月号)
尊厳死について(5)  映画『PLAN 75』を見てきました

 映画『PLAN 75』を見てきました。寅さん映画でお馴染みだった倍賞千恵子さんが主演しています。

 映画の舞台は、近未来の日本社会です。

《少子高齢化が一層進んだ近い将来の日本。満75歳から生死の選択権を与える制度<プラン75>が国会で可決・施行された。様々な物議を醸していたが、超高齢化問題の解決策として、世間はすっかり受け入れムードとなる》

(以上、映画のホームページの文章をそのままお借りしてしまいました)

  この場で“尊厳死”や“安楽死”について書いている者としては、これは見ておかなくてはと思ったのです。

 映画で公共による「死」を提案されるのは、障害者ではありません。けれども、高齢を理由に仕事を解雇された主人公がやがて死を選ぶという設定は、「生産性」という物差しで人の価値を判断する現代社会の“罠”であり、そして障害者も陥りやすい価値観です。

 映画とはさまざまな解釈を観た者に委ねるモノです。そして『PLAN 75』は、そんじょそこらの映画よりも一層、説明無しで観客の自由な“理解”を促す作りになっていました。ですから、ここではストーリーには入るのは止めておきます。機会があったら、ぜひご自分で観て、思う存分想像力と創造力を駆使してみてください。

 私の解釈の範囲で、とても印象に残ったこと。それは、公共が死をお膳立てするということは、どうしたって多くの人が関わるということでした。プランを促進する人たち、案内する人たち、事務方、死後の対応、等々。もちろん、そこには若い世代も含まれます。海外からの(安い)労働力が期待される場所もある。さらに、利権だって絡む。そして、「公共により用意される死」が社会に存在するという状況は、じわじわとその社会を蝕んでいくのです。

 現在の私たちの死は、あくまでプライベートなものです。そこには悲しみがあるし、安らぎもあるかもしれない。人の死は、ひとそれぞれ。世の中には多くの死が存在するけれど、でも殆どの場合、そのひとつひとつはあくまで私的なものです。

 けれど「死」をプライベートなものでなく、公共でマネージメントする公的対象とすることは、どうしたって各々のものだった死の有り様を変えてしまうのです。そして、そのことが、若い世代を含む私たちの社会に与える(負の)影響はとても強いのだということを、『PLAN 75』という映画は私に突きつけたのでした。

 なるほどなぁ。公共が人の死を運営するのは危険だ。

 尊厳死って、ちょっと原子力の平和利用、と似ているような気がします。原子力の平和利用として進んだ原子力発電という技術があります。けれども、今や原発には、多くの問題が発生しています。

 特に放射性物質の取り扱いは、私たち人間がコントロールできる領域を超えてしまっているのではないだろうか? 危険性が何千年、何万年、ときに何十万年という長さで継続するものを核のゴミとして作り出し、それを貯蔵という形で未来に送るというのはあまりにひどい話じゃないですか。

 それと同じように、人の死をコントロールし、マネージメントするというのは、何か無理がないでしょうか? 核同様、本来取り扱えないものなのに、“科学技術”で処理できると、私たちは何か勘違いしてはいないか?

 尊厳死について考えていると、私はそんなふうにも思えてきてしまうのです。 (さらに、続く)

この二人は従兄妹です。カンボジアから初めての海外旅行で日本にやってきました。
ちょっと興奮ぎみ!?(2018年 東京にて)

連載第20回 (2022年11月号)
尊厳死について(6)  それでも、それでも

 「尊厳死について」という副題で、長々と書いてしまいました。今回で終わりにしますね。

 フェイスブックで知り合った脊損者で、ひどい疼痛に苦しんでおられる方もいます。私自身も背中の痛みの緩和のため、リリカやトラムセットといった痛み止めを常用しています。脊損者の中には、後遺症としての痛みのない人もいるんですってね。心からウラヤマシイ。痛いのは本当に嫌だ。けれども、多くの疼痛で、根本的な治癒は難しい。つまりね、日々増すかのようにも思える痛みに耐えるだけの日々が未来も続く。

 「もう生きていたくない」

 ちょい私事。昨年、父が逝きました。癌でした。日本人男性の平均寿命を少し超えたぐらいの年齢でした。 彼は退職後20年近くきちんとした健康診断を受けないままでした。本人の意思です。理由はわからない。怖かったのかな。ですから腹部の痛みがひどくなって検査を受けたときには、すでに完治は無理という状況でした。

病気がはっきりしてから、一度大きな手術を乗り越えて、数か月といわれた寿命が1年ほど伸びました。その日々に、孫子たちと数日の旅行にも出かけ、母との静かな日々を過ごしていきました。

発病前、彼はいわゆる延命治療はしないと公言していました。ですから、医者から提示された対処療法的な手術を受けると父が決めたのには、母は少々驚いたそうです。父によれば「哲也(私です)を見ていたら、もう少し頑張ろうという気持ちになった」んですって。

 病床の父に一度「死ぬのは怖いか?」と尋ねたことがあります。「そうでもない」というのが、返答でした。

 想像でしかありませんけれど、父には“十分に生きた”という種類の思いがあったのだろうと感じます。うん、十分に生きたという心境に到達できたって、よかったね。うん、ちょっと格好よかったんじゃない?

 

 どういう状況になったら「十分生きた」と思えるのか。そんなもの、みんなに共通した答えがあるはずはありません。 8年前にルワンダで私が脊損を負う事故にあったときだって、あのとき私が死んでいたら「アフリカの奥地で仕事中に死ぬなんて、奴らしい死に方だなぁ」と笑ってくれただろう人が私にはいます。私自身も、なかなか良い死に方だったなぁと思わないでもない。つまり、とっても運がいいことに私も「精一杯生きてきた」のでしょう。

 だからね、あぁ、もう十分生きたなぁ、もう死んでもいいや、ということってある。そう思うひとつのきっかけが「痛み」などの「苦しみ」であることだって、あるのでしょう。……そろそろ許してくれよ、という思い……。

 だからね、安楽死とかを否定しきるのは難しい。生きているということの複雑さ、多様さ、猥雑さ、滑稽さ、ややこしさ、を知れば知るほど、そう。

 そもそも、この世界は戦争や紛争での生の無駄遣いを今日もまた繰り返している。ことさら安楽死を問題にするのは、なんか偽善にも思えるほどに。

 今、ここでせめて私がこわごわと書けることは、十分生きてください、ということだけ。背骨が折れた? 寝たきり? ふぅっ、生きてりゃそんなことが起こることだってあるさ。辛いし、大変だよね。でもまぁ、いけるところまでいこうじゃないですか。できれば、ご一緒に。

コンポントムという町にある小学校の教室で カンボジア (2012年)

連載第21回 (2022年12月号)
安楽死・尊厳死について(7)   拡大解釈が止まらない!?


 
前回で終わりにするつもりでした安楽死・尊厳死というテーマ。ごめん、もう少し続けたくなりました。

 というのも、映画『勝手にしやがれ』(1960/昭和35年)や『気狂いピエロ』(1965/昭和40年)などで有名な映画監督ジャン=リュック・ゴダール氏が、暮らしていたスイスで先日“自殺ほう助”を受けて亡くなったというニュースがあったからです。91歳だったそうです。

 私が読んだ報道記事によれば、ゴダールさんは複数の障害があったそうです。主には加齢によるものではないかと想像します。そして、「病ではなく、疲労困憊だった」という理由で、自死を選んだとのことなのです。

ジャーナリストの宮下洋一さんが書いた記事が私にはとても勉強になりました(宮下さんには『安楽死を遂げるまで』(小学館 2017)という著書もあります)。以下、その記事の内容から(インターネットをお使いの方は、“ゴダール監督が選んだ「安楽死」”と入力して検索してみてください)。

ゴダールさんの自死を支援したスイスの団体では、死の要件として「複数の医師による1:本人の明確な意思、2:耐え難い苦痛、3:改善の見込みがない、4:代替治療がない」ことを定めています。91歳ゴダール氏の“疲労困憊”がこの要件を満たすか??には、安楽死を認めている欧州の専門家間でも議論があるそうです。そして、スイスだけでなく、オランダやベルギーで安楽死が法制化されてからすでに20年あまりが経ちます。それらの国々では、いわゆる「法の拡大解釈」がどんどん進む状況があるんですって。

拡大解釈によって、必ずしも余命が差し迫っていない患者に対する安楽死が増加している。中には、夫婦の一方が余命わずかな末期がんで、もう一方が健康であっても、一緒に死を遂げる「夫婦同時安楽死」というケースも珍しくなくなっているのだそうです。なんと、健康でも自殺ほう助という安楽死が認められてしまうケースが発生しているというわけです。なるほど。

どう死ぬか、という個人の決断を他者があれこれ言うことは難しい。法律がどうであれ、自死を選んでしまう人はどうしたって存在するのが、この世界です。

欧州のケースから確認できるのは、安楽死・尊厳死を認める法律ができると、その解釈はやがて広がっていくということです。その是非をこの限られた紙面で書くことは、私の手に余ります。

とにかく、私は法律が拡大解釈されるというのが、障害者として怖い。だって、生産性の罠に取りつかれている人が多いのが21世紀の人類社会だから。命の価値に順位がつく。だから拡大解釈が怖いと思うのは当然でしょう?と健常者の人たちにも伝えたい。

ゴダールさんの心境は、想像するしかない。もしかして痛かったのかな。痛いのはつらいものなぁ。

91歳のゴダールさんにとって、死は私が感じる以上に身近なものだったはずです。でも、だったらなぜ急ぐ? 死は必ず来るのに。自からの影響力にも自覚的であったはずのあなたが急げば、他者にも少なからず影響があるというのに。でも、急いだ。どうして?  おそらく「死」はとても分かりやすい解答なのでしょう。痛い、苦しい、思い通りにならない日々があったときに、それを解決するとても分かりやすい答え、それが死だ。でも、単純で明快な答え……、それは危険で怖い思想だと私は感じるのです。 

放課後の集い カンポットという町で カンボジア(2002年)

コメント、いただけたらとても嬉しいです