なぜタイトルをポーランド語でつけたのか。
リシャルトカプシチンスキについて。
まず、タイトルについて。
これ、ポーランド語です。意味は「誰よりも自分を信じ、そして疑え」。Google翻訳の力を借りました。英語で「Believe in and doubt yourself more than anyone」。
日本語のタイトルにすればいいじゃない、と思いますよね。うん、そうですね。でも、なんか自分の母語でこのタイトルをどーんと書くのは、ちょっと恥ずかしいような気持ちもあるんです。で、自分にとっては日本語の次に親しんでいる英語にしてみた。けれども、英語のタイトルを見て、「なんで英語なのよ?」って自分でも思うわけです。英語帝国主義を持ち出すまでもなく、なんでここでも英語なん? じゃ、今いる国の言葉にしようかな? でも、それもやっぱりね、どーんと言うことにどこか恥ずかしさがある。で、選んだのはポーランド語。
リシャルトカプシチンスキ(Ryszard Kapuściński)というポーランドのジャーナリスト。不覚にも、つい最近までその存在をしらないままでいました。いやぁ、こんなすごいジャーナリストがいたんだなぁ、こんな面白いアフリカなどの「第三世界」のルポを書いた人がいたんだなぁと、驚きでした。
で、彼に敬意を評して、今回はポーランド語をタイトルにお借りした、というわけです。今、手元にあるのは、『黒壇 池澤直樹=個人編集 世界文学全集 III-02』(工藤幸雄/阿部優子/武井摩利 訳 河出書房出版 2010)、『サッカー戦争』(北代美和子 中央公論社 1993)の2冊です。後者はポーランド語で書かれた原作を英語に訳した本が底本になっていますけれど、前者はポーランド語の原書から直接の日本語訳です。すばらしい! カプシチンスキの日本語翻訳本、あと一冊見つけました。かなり古い中古本ですけれど、もう仕方がない、ポチ、です。
もしあなたが、アフリカなどいわゆる“発展途上国”の《ファン》だとして、カプシチンスキにまだ出会っていないとすれば、もう絶賛おすすめです。まず『黒壇』をどうぞ、どうぞ。
ひとつだけ危惧するとすれば、カプシチンスキの本、そこで扱われている内容のほとんどすべてが20世紀のネタで、2022年の今からすれば少々古いです。エンクルマ、モブツ、アミン、メンギスツ…(すべてアフリカの政治家名)、あるいはダホメー、スーダン、タンガニイカ…(すべてかってアフリカにあった国名)などが呪文の単語のように思える若い御仁には、少々昔話が多いと思われてしまうかもしれない。それでも、アフリカ諸国を始め多くの“途上国”が第2次大戦後に植民地領主国から独立し、その後混乱の20世紀後半を過ごしたことを少々勉強するつもりで読めば、やっぱりとっても面白いと思います。そういうネタが好きならば、ぜひ。
とにかくカプシチンスキさん、長~いこと私自身のアンテナには引っかからなかった。『黒壇』をどういう経緯で知ったのかも思い出せません。とにかく、ふと気がついてポチッとして、その際に『サッカー戦争』もついでにポチッとして。本が手元に届いてから数ヶ月も積んだままになっていたのです。そして、ようやくページをめくり始めてしばらく読み進んだときの私の驚愕狂喜の気持ち、いやぁその気持を丸ごとシェアできないのが残念でなりません。「こんな人がいたんだ!」という驚き。米国でも英国でもフランスでも日本でもない、ポーランドというところがかなりツボです。もちろん、カプシチンスキは、最初東側ジャーナリストとして海外に派遣されているのです。そこで西側諸国のジャーナリストとともに、アフリカや中央アジアや中南米の激動の20世紀後半を目撃し、書いた。面白くないわけ、ないよね。面白いと書くのは不謹慎なほどその内容は過酷鮮烈ですけれど、でも面白いとあえて書きます。みんな知っていたのかなぁ??? いやいや、とにかく大興奮でございます。
カプシチンスキさん、1932(昭和7年)の生まれです、も時代からは自由ではありません。彼の書き方は、どうしたってヨーロッパから新興諸国を見下ろすこともあります(それは私もそうですね)。その時代性も、ぜひお楽しみくださいませ、もしあなたがカプシチンスキの本を手にとる機会があるのなら。
新たに生じてしまった大問題は、カプシチンスキさんの本、まだまだあるのです。原本はみなポーランド語。英語訳本はかなり出ています。でも日本語訳にはなっていない。カプシチンスキさんは2007年に亡くなっています。そして、『黒壇』が出てから10年間、この間に一冊も新しい日本語訳本は出ていない。とすると………、彼の他の著作を読むには英語訳に手を出すしかないのだなぁ。さて、どうするかなぁ。読んでみたいけどなぁ。英語本、どうしても読むのに時間がかかるのですよねぇ。迷っています。
「その人はいない」場所でいつも思うこと
で、本題、タイトルに使った「自分を信じて、そして疑え」。こちらは『新聞記者』2019年公開の映画の中でキーワードとなった言葉です。この映画を評して映画監督の是枝裕和は「これは、新聞記者という職業についての映画ではない。人が、この時代に、保身を超えて持つべき矜持についての映画だ」と語ったとのこと(Wikipedia日本語版から)。話題となったこの映画を最近ようやく見ました。こちらも、面白かったです(カプシチンスキさんの「面白い」と比較しては酷ですが、とにかく私の極めて主観的な感想)。
そして、さっさと映画の内容は横に置いておいて、以下が今回のブログ投稿の本題です。
これまで何人か、同世代の友人・先輩・後輩を亡くしています。ある人は事故で、ある人は自死、ある人は病気で。お葬式に参列したケースもあるし、20代後半から海外生活が長かったことで葬儀には参列できず、日本に行った際に墓参りしたケースもあります。
いつも思うのですけれどね、葬儀でも、墓参りでも、行っても“その人”はいないです。遺体はあって話しかけても、返事が返ってくることもない。墓参りで缶ビールとか日本酒とか持っていったこともあったけれど、なんていうのかな、そんな行為はいつもオタメゴカシ(御為ごかし)、でした。墓の前で乾杯しても、ね。墓石に持ってきた日本酒を掛けても、ね。自分でやっていて、嘘っぽさが鼻につくばかりだったのです。オタメゴカシというのは、せいぜい自分の気持が済む程度の、あってもなくても良いセレモニー。
墓参りにかなり遠出の国内移動をしたこともあります。ご家族に挨拶できたこともあれば、単に黙って墓を詣っただけということもありました。でも、どうしたって、いつも帰り道はなにか苦い気持ちだけがあった気がします。
いや、もちろん、遺族にとっては葬儀というのは大事な時間だと思います。ほんとに心から強くそう思います。葬儀でも、あるいは後日でも、誰かが故人を訪ねることによって遺族が癒やされるということも確かにあるのだとも思います。そして、特に若いときの友人・知人の死によって遺族がどれだけ辛いかと想像したとき、たとえオタメゴカシでも弔問すること、あっていいとも思います。つかの間、思い出話しに花が咲く、いいじゃないですか! それぐらいの花なら、せめていくらでも咲かそうよ。今だって、そう思う。
でもね、やっぱり生きているうち、と思うのです。葬式や墓参りに時間を割けるなら、生きているうちに割かなくちゃって、思う。
最近、連絡が取れていない、取っていない人も多くいます。おそらく、30代40代そして50代、そりゃどうしたって遠縁になりますよね。仕事があって、家族があって、やがて責任も増えて。それはそれで、仕方がない。俺たちは過去に生きるにあらず、今と未来を生きているのだ!ってね、思ってます。
でもだからこそ、やっぱり生きているうちに会いましょう、と思います。
数年前、友人の葬式で会った友人が「葬式ばっかりで再会するのは、良くないなぁ」と言っていました。本当にそう思うよ。でも、そう言った友人とも、あの葬儀以来、会えていません。
やはり数年前、ちょっとしたことで気分を害した友人(怒っているらしいのはその友人のほうね)とも、会えていません。彼は連絡も一切断っています。こちらから連絡しても、ナシのつぶて。
いや、まぁ、いいのですけれどね。彼にとっては「ちょっとしたこと」じゃないのだろうし。彼の気の済むようにすればいいと思っています。でもね、万が一ですよ、万が一に共通の友人の葬儀ででも再会することになっちまったらね、「気の済むようにした」結果に彼でも私でもない誰かの葬儀が再会だとしたらね、やっぱり悲しいことであるなぁと思うだろうと、今想像して今からもう悲しいわけです。
お前、たいしたもんだなぁ、と(いつまでも怒っているらしい)彼に対して思う。だって、私たち、いつ死んじゃうかわかんないわけでしょう? だからさ、会える機会があれば、会っておいたほうがいいよ、と思う。思っている。
聞かなかったことにするという妙案
共通の友人が亡くなって、25年以上ぶり、つまり四半世紀ぶりに連絡をとった人がいました。共通の友人の死を、どうしても伝えなくちゃいけないなぁと思ったのです。
電話がつながって、声と声とで話しました。なんということもなく、一時間ぐらいの時間が経ちました。最後にその人は言いました。
「今日のニュースは、聞かなかったことにしようっと。そうすれば、〇〇くんはまだ生きている。今ごろどうしているかなぁって思えるでしょう?」
それはいいアイデアだね、と私は言って、じゃ元気で、と言って、携帯電話の画面をコトリと押して、電話は静かに終わりました。あれは今からどれだけ前だったか。せいぜい数年前のことです。次に連絡を取るのはまた四半世紀後ぐらいにチャンスがあるでしょうか、ないでしょうか。
そうか、失くなった(亡くなったの誤タイプではありません)というニュースを聞かなければ、いつまでも生きている。本当に、そうだなぁ。連絡が取れない人、取らない人、みんなそうだよなぁ。彼らはみんな私のなかじゃ、いっつも生きている。当然のように、ご活躍中。
それでも、ときどき何かの用ができて(用をつくって?)、連絡を取る人たちがいます。殆どの場合、空白の時間はあっという間に埋め立てられる(この“られる”は、受け身なのか、可能なのか?)。それは心地良いものでもあり、でもどこか物足りなくもある、そんな気がします。
その点で、SNS(ソーシャル・ネットワーク・システム、私はもっぱらFacebookです、字数の短いつぶやきは書くのも読むのも苦手みたい)はやっぱり世界を変えましたね。連絡を直接取るわけではないけれど、SNSを通じて流れる情報が、彼女/彼の不在の時間を消していきます。もう何年も会えていない人の、日々の生活が流れてきて、彼女/彼の認識はわからないまま私はその生活の断片を知る。もちろん、彼女/彼が自分で公開する断片なわけですから、“覗き見”しているわけではない。
死んだ知人のページがSNS上に今も残っていることもあります。中には命日の前後、そのページに投稿が張り付くなんてこともある。誰かが、彼女/彼を懐かしんでいる。それを知ると、なんか嬉しくなったりもする。亡くなった人にメッセージを送ることを私自身はしないけれど、でも自分以外にも彼女/彼を悼んでいる人がいることに、少し安らいだりするってことなんだろうかしら。どこか不思議な感覚です。
「自分を信じて疑う」とかなり忙しいことになる、ということ
さて、タイトルの「誰よりも自分を信じ、そして疑え」です。ポーランド語ではUwierz i wątp w siebie bardziej niż ktokolwiek inny、でした。
いろんな解釈が可能です。実際、映画の中で何回かこの言葉が繰り返される(常に書かれたものとして画面に出てくる)のですけれど、その解釈はなんにも提示されません。映画を見た方がそれぞれの価値観でこの言葉を受け取ることが映画の制作サイドには意図されているのでしょう。もしかしたら、製作者の誰かにとってとても重要な言葉なのかもしれません。
この言葉を前に、私は、少し前に師匠筋のK先生が書かれていた「生まれるのも一人、死ぬのも一人、一緒に生活していても人生は一人である」という言葉を思いました。K先生は、常々「生きることは一人であること」と語られていました(って過去形で書きましたが、K先生はお元気です)。
誰よりも自分を信じ疑え、という言葉から、私は孤独を感じ取ったのです。そして、私たちは日々、この孤独な行為「自分を信じ疑え」を何万回も繰り返して生きているのだなぁと改めて思い入るのです。どうしたって、自分の人生は自分……、うーん、ここでピタとタイプの指が止まります。自分は何を続けて書こうとしたのだろう? 自分の人生は自分「で落とし前をつける」?いやいや、これは嘘でしょう。たとえ自分の人生と言えども、自分ですべて落とし前をつけられるもんじゃございません。歩み来た道を振り返れば、落とし前をつけられないままの事象がゴロゴロとその時々の無惨さむき出しで転がっている(いや、私の場合ね)。自分の人生は自分「だけのもの」? まぁ確かに自分の人生を誰かに変わってもらうことは不可能です。けれども、自分だけで自分の人生をやりくりできているわけもない。自分のものであるにしては、他人に生んでもらい、他人に世話してもらい、ここまでようやく辿り着いた。人生を自分だけのものとことさら言うのも、もはやはばかられるというものです。
それでも、人生が孤独なのは確かだという確信するのです。落とし前もつけられず、人の世話になってばかりだし、多少は世話をする立場にもなったりすることもありますけれど、でもやっぱりあなたと私、それぞれの人生は「ひとり」だし「孤独」であるのは、K先生のおっしゃる通りだと私も思うのです。
だから、まず自分を信じ疑う。するとね、他人を信じたり疑ったりできるほど、なかなか暇ではないのよ。自分を信じて、でも疑って、やっぱり信じて…と、かなり忙しい。自分ごととは言え、いえいえ自分ごとだからこそ、疑えば色々と怪しいわけです。そして、それでも自分を信じるためにはその疑いにひとつひとつ対処していかなくてはいけない。で、信じるそばから、また疑いも生まれ、ね? あー忙しい、忙しいってことになる。そして、「自分を信じ疑え」はとっても大事なことなんだと私も認めている。自らを疑わずに信じていれば、いつか裏切られたときが怖すぎる。信じずに疑っていれば、もちろんそんな人生は楽しくない。
やれやれ。だからね、孤独も仕方なし、どうやらそういうことみたいなのですわ。


















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