人生とは一人で歩くモノなのだ、と金森先生はおっしゃった。「孤独」は寂しく辛いもの? いや、そうではないだろう。孤独は大切だよ、と思う。(ちょいと金森先生の近況も)

2024年正臣会での金森先生

 

4件のコメント

グループワークの闇についてはまた。

ん~、会いたいひとには会う、というか会えるうちに会う、必要かもな、と62才の誕生日に思います。

独り言でした。

いのうえです~ 匿名になっちゃった。失礼しました。

井上大審判様 コメントありがとうございます。そして、お誕生日おめでとうございます。

はい、会いたい人とは会わないと。友人知人の葬式なんかもう行かなくていいなぁって最近よく思います。葬式に行くぐらいなら、生きてるときに会わなくちゃって、強烈に思います。葬式に参列できるのであれば、忙しくて会えないは言い訳ですよね。

そう言えば最後にお会いしてから少し時間が空いてしまいましたね。来年の梅雨時あたりは少し長めに帰京します。そのときはぜひ。
明日!から帰京予定なのですが、今回は滞在が短くちょっと難しいのでした。あ、言い訳言ってる!

村山哲也@プノンペン

 1時間余もpcの前に座って、感想の駄文を書いていたら『お爺さん夕飯食べないの?』と家人に声掛けられて慌てて階下に下りて夕飯、皿洗い、その他もろもろやってpcに戻って来たらすっかり消えちまって・・・。
 カンボジアで科学教育を担う人たちの研修に尽くされている自然科学教育学者の村山氏のブログは阿保の上にボケが始まった老人にはなかなかきついです。その読書量や視野の広い識見には日ごろ呆れるばかりです。
 しかし、今回は呆け老人自身、日常の中でまさに『ひとはひとりでうまれて、ひとりでしんでいく』の思いで生きている者なので(とてもとても理路整然と感想を纏められはしないが) 勝手に「そうだなあ、そうだなあ」と頷きながら拝読しました。
 『ひとはひとりでうまれて、ひとりでしんでいく』その時系列の中でインターセクションが空ではないところに生き物として、人間としての問いやら、仮説やら、理想やら、に出くわすことが
生きる意味や面白みを経験する場になって前を向いてあがく。
 孤の字の意味も、個の字の意味も未だに解からないままあっちへ逝く歳になってしまった。
 誇り高いカンボジアの人たちが生を尊び、ひとりでも多く科学することによってこそゆるぎない理想をしっかり抱いてよろこんで生きてほしいです。そのために村山氏のプロジェクトが貢献することを祈ります。

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