ダバオで出会った母子。男親って、“立候補”するしかない存在なんじゃないのかな。
マリアという女性と、マサヤスシという名の男の子 フィリピンの南端に位置するミンダナオ島、ダバオ市の教育事務所で働いていたときのこと。 日本の人との間にできた子どもを持つ母親がいて、その彼女が困っているので話を聞いて...
フィリピンマリアという女性と、マサヤスシという名の男の子 フィリピンの南端に位置するミンダナオ島、ダバオ市の教育事務所で働いていたときのこと。 日本の人との間にできた子どもを持つ母親がいて、その彼女が困っているので話を聞いて...
読書より小説『アンクル・トムの小屋』は、1852年(江戸時代嘉永5年、ペリー艦隊による黒船来航の1年前)に米国で出版された。著者は通称ストウ夫人として知られている、ハリエットビーチャーストウという女性だ。 1861年から...
食べ物どういうわけか、母がいなかった夜。父が夕食を作ってくれたことがある。ぼくが小学校低学年のころのことだ。 専業主婦だった母の料理で育ったぼくは、父の料理に馴染めなかった。いつもなら喜んで箸を伸ばすサンマの塩焼きも、父が...
胡椒13世紀周達観が見たアンコールの胡椒と、19世紀後半の仏領インドシナ時代のカンポットの胡椒。その両者のつながりはよくわからないままだ。またカンポット胡椒がアチェ戦争(19世紀後半)の際にアチェから移植された胡椒を起源と...
カンボジア〝トック〟は水、〝タライ〟は魚。トックタライはカンボジア語で魚の水、魚醤のことだ。隣国のタイでナンプラー、ベトナムならニョクマムという名になる魚醤は、この地域でもっとも一般的な調味料で、多くの料理で味付けに使われる。 ...
オーストラリアオーストラリアの北端にあるダーウィンを訪ねたことがある。人口12万人強のそれほど大きくはない都市だ。ダーウィンという名前は進化論を唱えたチャールズダーウィン[1]に由来しているけれど、彼がこの地を訪ねたことはない。ダー...
胡椒連載第7回で書いたように、カンポットの胡椒栽培の起源は、インドネシアのスマトラ島西部にあるアチェ王国をオランダが侵略した「アチェ戦争(1873~1904)」の際に、アチェの王が胡椒の苗をカンポットに送ったことにあった、...
障害・車イス・脊髄損傷ディーさんは、1993年生まれの27才。カンポット県の農村スロックチューの出身だ。プノンペンからは、南に伸びる国道3号線を車で3時間ほど走ったところだ。両親とふたりの兄がいる。 事故が起こったのは2015年9月、彼が...
ニジェール1992年12月、2年間のケニアでのボランティア活動(青年海外協力隊)の任期を終了したぼくは、日本に戻る前に西アフリカにあるニジェールを旅した。ケニアから日本に戻る前に、どうしてもサハラ砂漠を見ておきたかった。 ニジ...
越境マオアのこと ケニアのクウィセロ村のクウィセロ中等学校で理数科教師をしていたときのこと。 同僚の仲良しにマオア(ルヒア語で“花”の意味)という名の若い女性教師がいた。同世代で明るい彼女とのコミュニケーションは、ぼくのク...
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