評論家の渡辺京二は、幕末から明治初期に日本に滞在した欧米人の滞在記を詳細に調べて『逝きし日の面影』[i]を著し、今では失われってしまった当時の日本の「文明」を語った。その渡辺が、2000年元旦の熊本新聞に載った「棲み分けの崩壊」という文章の中で、世界の欧米化をコカコーラ文化という言葉を使って批判している。
諸民族・諸文化の共存という人類の夢、というより当面する適切な要請のためには、この閉鎖的な一面を克服し、民族という文化共同体をもっと開かれたものにしてゆかねばならない――これはおよそ今日の公論と言ってよかろう。
だが、そうは問屋がおろすかどうか。(略)
国際化礼賛論者は民族文化の差異を言い立ているのは悪質な民族主義者で、人類はひとつの共通の文化によってこそ同胞として連帯できると考えているらしいが、民族文化の抹殺ののちに出現するのは地球規模のコカコーラ文化だろう。(略)
英語という共通語、民主主義、人権、スーパーマーケット、インターネットで成り立っているような人類共通文化など、私は御免こうむりたい。なぜならそれは、ひとりの個の生きる人格的基盤になりえないばかりでなく、世界を平板化し想像の源泉をからさずにはおかぬからである。(略)
われわれはおのれの属する文化を通じてしか世界に到達することができない。このようにナショナルなものを媒介にせずにはインターナショナルに通じえないという逆説をいかに切開するか、われわれの課題はその一点にかかっている。[ii]

しかし、まず、英語、民主主義、人権、スーパーマーケット、インターネットを並べて「コカコーラ文化」と束ねてしまうのは、やはり乱暴すぎるとぼくは思う。
民主主義も人権も、欧米の歴史の中で作られてきたものなのは確かだ。でも、それが人類共通文化として広がることが、渡辺の言うような「世界を平板化し想像の源泉をからす」ことに繋がるとはぼくは思わない。
民主主義は、権威主義に対抗するものとして生まれ、インターネットなどの活用で今後も変化していくだろう。そして、大きな集団をまとめる理念としては、奴隷制を許す貴族主義や、表現の自由のない独裁主義よりも、民主主義の方が「まし」だろう。最近の日本のように、選挙での投票率が低い状況は“民主主義の危機”だとは思うけれど、だからと言って民主主義がダメなわけではないだろう。それに、今の民主主義がはけして「完成形」ではない。そして「完成形」はこれからもあり得ない。
さらに「人権」は、人が自由にものを考え――あるいは、考えなくてもいいし――、表現し――表現しなくてもいいし――、生存することを認めるという点で、普遍性を持つ「発見」と言ってもいい。たとえば、「女性や子ども」、さらに「障害者」らが、「健常な異性愛の大人の男」より劣る存在ではないことを、人権はぼくたちにはっきりと示してくれた。もちろん、「健常な異性愛の大人の男」を尊ぶ価値観は、歴史(特にヨーロッパの?)の中で人間社会が歪められてきた結果なのかもしれない。それでも、若いころ「男尊女卑」だったぼくにとって、「人権」や「ジェンダー」は、我が目を開いてくれた(まだまだ不十分だけれど)大事な「文化」だ。男性優位主義者のままだったら、障害を負ったときに、きっとずいぶんと苦しんだだろうと想像する。やれやれ、助かった。
渡辺のいう民族文化の中にも、入れ子構造のようにさまざまな文化があったし、ある。それでもある程度似た「集団」が可能ならば、さまざまな民族文化を横断するもの、言語なり、人権なり、コカコーラなり、が生まれてくるのは「仕方ない」面はあるとぼくは思う。そして、渡辺が危惧するようには「コカコーラ」は単純には広がってはいない。例えば、英語や仏語は多くの現地語と混じり合いクレオール語を生み出していく。そしてクレオール語だから人類が出会うことができた表現というものが、きっとある。渡辺の言う「民族文化」はそれぞれ頑固さを抱えつつ、変化していく。これが私たちの民族文化ですと提示したとたん、それは博物館の展示品になっていくんじゃないだろうか。
「ナショナルなものを媒介にせずにはインターナショナルに通じえない」という渡辺の指摘は、ナショナルなものをもっと個々に惹きつけて「自分個人の眼」と考えれば、そのとおりだ。私たちは無垢な眼で境界の向こうの世界を見渡すわけではない。常に「歴史」のなかの自分という限定された「価値観」で世界を認識していく。「われわれはおのれの属する文化を通じてしか世界に到達することができない」なんて、わざわざ心配して教えてくれなくとも、それはごく当たり前のことに過ぎない。まぁ、それを自覚することは大切だろうけど。
そして、世界認識の先にインターナショナルな視点獲得がゴールとしてあるわけではけしてない。境界はいつでも都合よく現れたり消えたりするのだから、平べったいインターナショナルな共通視点など存在するわけがない。ただ、個人史の中で価値観や世界観が変化していくだけだ。
その変化が個人の寛容度を高めるものにつながるかどうかは、新たな世界を認識し直してみなければわからない。ぼくの場合は、越境することは寛容につながってきた気がするけれど、他の人がどうなるかはわかるはずもない。それでも価値観を鍛え更新するための新しい何かに出会うために、ぼくたちは越境していくしかないではないか。越境は、常に機会、チャンスだ。もしあなたが、越境した結果、「我が国大好き、我が国万歳」と思うとしても、それがあなたの出会った機会の果実なのは、かわりない。えーどうしてー?ってぼくは思うけれど。
「人類はひとつの共通の文化によってこそ同胞として連帯できる」という考えは、渡辺がこの文章を書いた西暦2000年から20年が経ち、もはや少々古臭い国際化の価値観だろう。「共通の文化」ではなく、「それぞれの理解の落としどころを模索すること」が課題なのだとぼくは思う。
それがぼくたちみんなに求められてしまうのは、世界は開いているから仕方がない。
[i] 渡辺京二/著『逝きし日の面影』葦書房 1998
[ii] 246~247ページ 「棲み分けの崩壊」より 渡辺京二/著 小川哲生/編 『渡辺京二コレクション2 民衆論 民衆という幻像』ちくま学芸文庫 2011 文章の初出は2000年1月1日の熊本新聞

















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